「本当にすまなかった…」
シガンは真剣な眼差しでエーコを見つめ、深々と謝罪した。
それはまだ夕日が沈む一歩手前のことである。
それを静かに見ていた焔の男は深く溜息をした。
「いいよ! だってシガンは私のことを助けてくれたんだもん!」
「しかし…」
シガンは後ろをちらりと見る。
こんな立派な建築物を破壊寸前までいかせようとした己は…。それを考えると謝っても謝っても足りない。
「それよりもエーコ。 ちゃんとしまっとけよ?」と、ジタンはエーコに話しかける。
「うん! しまって来るね!」
そう言い、走っていこうとするがエーコはビビの手前で急ブレーキをかけて「ちょっと! あんなことがあったばかりなのにエーコを一人にする気?!」とビビの服を引っ張っていく。
ずるずると引きずられるビビを全員で見届けながら、その後をついていった。
シガンとフレイアはエーコの部屋へと入ると、エーコは無言で突っ立っていた。
何やら悩んでいるようだ。
それを悟ったのか、シガンは話しかけようとするが…先程謝ったばかりで何を言えば良いのか、苦笑する。
珍しい様子を見て、フレイアはシガンの代わりにエーコに話しかける。
「どうしたの? エーコ」
「うん…。 フレイア、聞いて欲しいの。 お祖父さん達はエーコが16歳の成人になるまで村を離れないようにって言われたの。 でも…エーコはシガンやジタン達が行く所に行きたいの! 真剣に考えたの! 村を出ることに賛成してくれる?」
「賛成して欲しいならいくらでもするよ。 でも、もう気持ちは決まってるんでしょ?」
フレイアのきっぱりとした言葉にエーコは無言になる。
「大体エーコ、貴方はビビに言ったじゃないの。 『自分の気持ちに嘘ついちゃダメ』って。 自分が言った言葉ぐらい、自分でしっかりと受け止めなさいよ」
大人な発言にエーコは「…そうだったわ!」と同意を示す。
「自分が言った言葉なのにすっかり忘れてたわ! ありがと! フレイア」
「いいよぅ。 それよりも…」
フレイアはシガンを見る。
未だに凹んでいるのか、シガンは夕焼け色の空を見つめている。
それを見て、エーコはぴんとくる。そしてシガンに近づいていった。
「…すまなかったな…」
接近してくるエーコに対し、未だに謝罪の言葉を告げる男に、エーコは「あのね、代わりにお願いがあるの」と願い事をシガンに話した。
夕焼けから夕闇に代わりつつある…夜。
エーコの部屋…即ちリビングには溢れるほどの料理が並ばれていた。
「うぉう! 今日もまた美味しそうだな!」
ジタンは舌なめずりをして、輝いて見える料理を見つめていた。
「あれ…? 今日もエーコが料理を作ったの?」と、ビビはきょろりと辺りを見渡す。
「ううん。 今日はエーコじゃなくて、シガンが作ってくれたの」
「…これ全部…!?」
ダガーが驚愕するのは仕方ない。大皿が1、2枚…ではなく7枚も料理を入れて並んでいるのだから。
そして8皿目の料理をシガンは持ってきて「残り物も含めてかなりの量を作ったが、これほどの大所帯ならすぐになくなりそうだな」と平然と話す。
そしてエーコの明るい「いただきま~す!」と言う声を合図に、楽しく激しい会食が始まる。
「これおいし~い!」
「おう、どれどれ…」
「ちょっとジタン! そんなところから手を伸ばさないでよ! はしたない!」
「でっ。 …いいじゃないか、これくらい」
「おいしいクポ!! 美味しすぎてポンポンが震えるクポ!」
…と、モーグリーも含め、総勢11人が激しい料理の取り合い等をしている最中。
部屋の端から冷静にそれを見つめる焔の男。
そんな男にとってきた料理をシガンは渡す。
「食え」
強制的な発言に焔の男は溜息をする。
「どうしてあの時、奴を殺そうとした?」
焔の男の問いに対し、シガンは眉をひそめる。
「奴…? ラニという女の事か」
「ああ」
「あいつは召喚壁の場を利用した。 だからこそ殺そうとした。 それだけの理由だ」
するり、とシガンは手に持ったカップスープを飲む。
「確かにな。 あの男よりは分かっているようだな」
「分かっているとは…?」
いつの間にか平らげたのか、シガンに空になった皿を渡す。
「明日純粋な戦いをすると、あの男に伝えておけ」
そう言い残し、焔の男は去っていった。
シガンは空になった皿を見つめながら「明日は大波乱だな…」と呟き、溜息をついた。
一方。明日の大波乱の前に、大混雑しているリビングはというと。
「クポー…」
モグが小さい手でフォークを握り締めて、料理を取ろうとしている。
「モグ、私が取ってあげるよ」
そっと、モグの皿にその料理をのせて、エーコはにこりと微笑んだ。
ビビはそれを見て「エーコってモグに優しいんだね」と言う。
「だってエーコ達は親友だもの。 同じ日に生まれてず~っと一緒だったのよ! このリボンは親友の証で、モグがプレゼントしてくれたの!」
モグもクポッとリボンを懐から取り出す。
「これはエーコがあげたの! モグにはまだ大きいけど、二人が素敵なレディになった時に一緒につけるのよね~」
「クポ~!」
お互いに笑い合う二人のレディにその場にいた全員は(モグって女の子だったのか…)と呆然と見ていたのである。
会食が終わり、一堂が解散した時にジタンはダガーの姿が見当たらない事に気がついた。
「ダガーはどこに行ったんだろう?」
刹那、どこからか歌が聞こえてきた。
そちらに吸い寄せられるようにジタンは崖下の入り江に行く。
そこには小舟に乗ったダガーが歌っていた。
ダガーは真剣な眼差しで見るジタンに気付き、歌うのを止めた。
「気にせず歌ってくれよ。 ダガーと俺だけの歌なんだからさ」
そして周囲をジタンは見渡す。
「それにしても、良くこんな場所見つけたもんだ。 ダガーは盗賊の素質があるんじゃないのか? 俺と一緒にチーム組まないか? 名付けて…『夫婦団』!」
「…素質はともかく、その名前はどうかと思うわ…」
まんざらでもないのか苦笑するダガー。
「なんて言うか、最近のダガーは調子いいよな」
「だとしたら、ジタンのお陰ね」
「そうじゃないさ。 ダガーがなろうとしたからだよ」
「ううん。 ジタンが一緒にいてくれたからだわ。 私一人じゃ外側の大陸どころかリンドブルムにも行けなかったと思う。 私のしたことって全部空回りしてたし、お母様を止められなかった。 挫けそうな時もあったけどジタンがいてくれたから…。 それにジタンだけじゃない」
「そうだな。 イーファじゃ、ビビもエーコもシガンもフレイアも。 大陸出るときはクイナもいたし、その前にはフレアとリーズもいた。 フライヤ、スタイナーのおっさんに敵だったはずのベアトリクス…」
「忘れてないわ。 皆無事だって信じている。 でも…時々不安になるの。 私…助けてくれた皆の期待にちゃんと答えてるのかな…」
「そんなに重く考えなくていいと思うけどな」
「だって!」
「皆、ダガーに責任感じて欲しいなんて思ってない。 皆、自分自身で道を選んでやったことさ」
「自分自身で…」
その言葉を聞き、ジタンをちらりと見る。
「ジタンはどうして一緒に来てくれたの?」
「それは…」と、質問に答えようと思った刹那。ある物語がジタンの頭をよぎった。
「…イプセンの言った台詞だ」
「イプセン…?」
「イプセンってのは本当にいた冒険かでさ。 その冒険の話を元に書いた芝居だったと思うんだけど…。こんな話なんだ。
イプセンとコリンという二人の友人がいた。
二人はトレノの館で働いていた。
ある日、イプセンの下に手紙が届いた。 けれどその手紙は雨に濡れたか何かで殆ど読めなかった。
辛うじて読めたのは『家に帰れ』という事。
今でこそ飛行船があるから移動は楽だけど、そんなのがなかった頃の話だからな。 帰るにしても精一杯なのさ。
何故だか分からないままイプセンは暇を貰い、旅の支度をして旅立った。
川を越え山を越え、霧を越える旅。
モンスターに襲われることがあってもコリンと二人なら何とかなった。
こうして幾日か過ぎたある日。 ふと、イプセンが気付いてコリンに聞いたんだ。 『お前、どうして来たんだ?』と」
「…コリンは何て答えたの」
「『お前が行くって言ったからさ』」
その言葉にダガーはジタンが何を言おうとしているのかを悟った。
そしてダガーも何かを言おうとした刹那。
綺麗な歌が辺り一面に響き渡る。
「この歌は…あの歌じゃないのか?!」
小舟が何も言わずに沖を出始める。
ふと、ダガーは召還壁を見た。
見覚えがある、光景。
でも違っていたのは…あの赤い悪魔のような時間ではないということ。
その場で崩れ落ちるダガー。
「ダガー! しっかりしろ!」
ジタンの叫び声を聞き、ダガーは気を失った。
ダガーが目を覚ますと、そこにはジタンとシガンとフレイアが心配そうに見つめている光景だった。
「…大丈夫? ダガーさん」
「ええ…。 心配かけてごめんなさい」
「旅の疲れも残っているだろう。 明日も早い。 寝ていろ」
「ええ…。 ありがとう…シガンさん」と、ダガーは言うと 目を閉じた。が…。
眠れないのか、ダガーは目を見開いて、話し始めた。
「私…。 幼い頃の思い出がないの。 ただ、忘れただけだと思って気にした事もなかった。 周囲の誰からも、何も言われたことがなかったから…」
ダガーの言葉に3人は静かに耳を傾けている。
「アレクサンドリアで育ったのは本当なの。 でも…6歳からだと思うの」
「6歳から? じゃあそれまでは…」
「それまで…6歳までは、このマダイン・サリで育ったの。 何もかも思い出せたわけじゃないし、霧がかっているようなところもあるわ。
ただ…今から10年ほど前に信じられないくらい大きな竜巻がこの村を襲った。 その日までは思い出したの。
あの日、私は本当のお母様と一緒に小舟に乗って村を離れたのだと思う。 小さな入り江の小舟と同じ形だったし、召喚壁から聞こえて来た村の歌がきっかけで昔の事を思い出したわ」
「あの歌はマダイン・サリの…。 だから誰も知らない歌だったんだ」
フレイアはふと疑問を感じ、ダガーにやさしく問いかける。
「それだとどうしてダガーさんはアレクサンドリアで暮らしたの? それに、エーコみたいに角がないのは何故なの?」
「それは分からないの。 でも、トット先生ならご存知かもしれない。 嵐の後、海の上を漂っていたその間に私を庇うようにして船でなくなった本当のお母様の事も教えてくださるかもしれない」
「そうか…」
シガンはそう言うと、すっと立ち上がり 外に出て行った。
今日は満月らしく、月夜が素晴しく綺麗に見える。
そんな夜空を見上げながら、ふと瞳が熱くなっているのに気が付いた。
顔を横に振り、シガンは「まだまだだな…私も」と一人呟いた。
翌日。
エーコとダガーは召喚壁から出てきた。
祈りを無事済ませたようで、二人とも清々しい顔つきになっている。
そしてエーコは召喚壁に向かって「お祖父さん、行ってきます!」と叫んだ。
マダイン・サリの入口で焔の男が立ち塞ぐかのように待ち受けていた。
「待っていたぞ」
それに対し、ジタンは「やっぱりやるのかい?」と盗賊剣を持ちながら、焔の男に言った。
「言っただろう? お前と純粋な戦いをしたい。 それだけだ」
「分かった、受けてたつぜ」
盗賊剣を構えるジタン。格闘爪を右手にいれる焔の男。
それを見てダガーは不安気に「ジタン…! やっぱり―」やめた方が良い、と言おうとしたが。
ジタンはダガーに微笑んで「大丈夫。 たまには良いトコ見せなきゃって思ってたところだからさ!」と言い、焔の男を見つめる。
「行くぜ…!」と焔の男が言った刹那、どっしりとしたものがジタンの盗賊剣にぶち当たった。
恐ろしいまでの早さ。それに対し、ジタンは盗賊剣で己を守ることしか出来ていない。
怒涛の連続攻撃になす術もないと、思った焔の男。
隙を見て、ジタンの急所を当てようとした刹那。
ジタンはぶん、と盗賊剣を大きく振り下ろした。
それに吸い込まれるかのように、焔の男の体が地につく。
剣は焔の男の首元を掠めていた。
それを見て、焔の男は「…負けだ。 止めを刺せ」と冷静な口調で言ったが。
ジタンは「立てるか?」と平然とした口調で焔の男に手をさし伸ばす。
「いらん。 早く殺せ!」
「なんだよ。 折角拾った命を粗末にするもんだ」
「行けとでも言うのか?」
「此処で去るなら放っておくさ」
「…何を企む」
「企む? 勝負がついてもお互いの命があったんだ。 それで十分だろ?」
「殺しが怖いのか? まさか、牙を持たない野郎に俺が敗れたとはな!」
「牙を持つ野生の獣こそ、無駄な殺生はしないもんさ」
焔の男はふと、シガンを見た。
シガンは冷静にそれを見つめているだけである。
改めてジタンを見る。
殺意のある目をした男に対し、ジタンは「何だよ、まだやるって言うのか?」と溜息をついた。
「勝者は正者、敗者は死者。 お前もこの鉄の掟の中で生きてきた筈だ。 なのに…理解が出来ん。 言え! 殺さない理由は何だ!」
シガン程…否、それ以上のがちがちの堅苦しい者に対し、ジタンは大きく溜息をつく。
「理由っていわれてもなぁ…。 死なずに生きていることがそんなに不満なのか?」
「訳の分からん状態で生きるより、ケリがついた方がマシだ」
「仕方ないな…。 じゃあ、俺達と一緒に来いよ」
ジタンの驚愕の言葉に、ダガーとビビとエーコは悲鳴を上げる。
「…どういうつもりだ」
「行動を共にすりゃ、理解できるかもしれないぜ? それにこれから一戦交えなくちゃならないんだ。 あんたなら力強い戦力になりそうだ」
ジタンの言葉に対し、焔の男は「…いいだろう。 お前がどれ程の者か、見極めてやる」と渋々ながら承諾をした。
「ところで何て呼べばいい?」
「好きに呼べばいい」
「うーん…そういわれてもなぁ。 そういえば、ラニに焔色の旦那って呼ばれてたよな」
「焔色のサラマンダー…。 そう呼ばれていた事もある」
「じゃ、サラマンダーって呼ばせてもらうぜ!」
そう言うとジタンは ぽん、と焔の男-サラマンダーの背中を叩く。
軽々しいジタンをよそに、3人は不安そうな顔をしている。
「大丈夫、上手くいくさ。 ここは俺に任せてくれよな! …よし! イーファの樹に行こう!」
ジタンを先頭に5人は歩いていく。
それを後ろから見ていたフレイアは「全く、ジタンって誰かしこも仲間にしちゃうよね~」と言いながら追いかける。
段々と仲間が増えていくにつれ、面倒が多くなっていくような気がしてならないシガンもまた、ゆっくりと6人を追いかけるようにして歩いていった。