その男は自室でゆるりとチェスをしていた。
まるで来訪者を駒に仕立てた、人形を操るかのように。
そしてふと、呟いた。
「やっぱり来たんだね。 全て、僕の計算通りだよ…」
「おい、ジタン! 目を覚ますのじゃケロ!」
小さい者に足蹴にされて、ジタンはふと目を覚ました。
そこは鉄鋼の壁があり、出入り口は締め切られている、閉鎖的な部屋。
そこに喋るカエルとジタンのみがいる。
「ん…シドのおっさんじゃねぇか。 ここは一体…?」
「うむ。 ワシにもよく分からんケロ」
「黒魔道士達の言った通りの場所に来て、流砂に飛び込んだ後に目の前が真っ暗になって…その後は気を失っていたのか、覚えていないな」
「ワシもそうじゃケロ。気が付いたらお前と一緒にこの部屋の中にいたケロよ」
「他の皆は?」
ジタンの問いに、カエルは寂しそうな眼差しをした。
「分からんケロ…。 無事だといいんじゃケロ…」
刹那。聞いたことのある声が部屋中に響き渡る。
『やっとお目覚めのようだね』
「その声は…クジャ! お前だな!」
『また会えて嬉しいよ、ジタン』
「こんの野郎! 他の仲間は何処へやった!!」
『おやおや…。 相変わらず威勢が良いねぇ。仲間達の事は心配無用さ。 君がいるのと同じような部屋にいるよ。 ああ、それから君達が今どういった状況におかれているかを教えておいてあげるよ』
刹那、突然床が音を立てながら開きだす。
その下は、燃え盛る赤き溶岩が煮えたぎっていた。
ジタンは思わず後退く。
『いくらしぶとい君達でも、ここに落ちればひとたまりもないだろうねぇ』
高笑いするクジャに、ジタンは「てめぇ…!」と怒りたてた。
『まぁ、どういう状況か分かってもらえた所で、ちょっとお使いを頼もうと思ってるんだよ。 とりあえず、他の仲間の命の保証はしよう。 引き受けてくれるかい?』
「…ふざけるな!」
未だに怒り心頭のジタンにクジャは溜息をつく。
『まだ分かってないようだね…。 これでもまだ断る気かい?』
その声と共に、さらに床の穴が広がった。
それを見て、ジタンは舌打ちをする。
「仕方ねぇ…。 引き受けてやろうじゃねぇか」
『そうこなくっちゃね。 じゃあ、外に出たまえ』
その時、鉄の扉が開いた。
ジタンはしぶしぶ外に出る。
ジタンは小声で、シドに「シド、済まねぇが他の皆の事を頼むぜ」と呟く。
「うむ、ワシに任せておけケロ。 必ず無事に戻ってくるんじゃぞケロ!」
「ああ、分かってるさ。 じゃあな」
小さなカエルに別れを告げ、ジタンは一本道の通路を進む。
そこには機械仕掛けの黒魔道士達がいた。
「…ここにもこいつらがいるのか」
ジタンがそう言っても黒魔道士達は無言のままだ。
『二人の黒魔道士の中央に立つんだ』
クジャの言われたとおりにすると、黒魔道士達は魔法を唱えた。
そして、視界が開けた。
「ようこそ。 この素晴しい僕の館へ」
ジタンの目の前には、ゆったりと茶色のソファに寛ぐ、強敵の愚者の姿があった。
「そんな挨拶はどうでもいい! さっさと用件を話しやがれ!」
喚くジタンにクジャは溜息をつく。
「ずいぶんと、ご機嫌斜めのようだね…。 じゃあ、用件を話すとしよう。 君にはある場所に行って、ある物を取って来て欲しいんだ」
「勿体ぶってねぇで、それがどこの何かを言え!」
ジタンの態度に気に入らなかったのか、クジャは「…口の利き方には気をつけろ」と、いつもとは違う低音の声で言った。
「僕が君の仲間の命を預かっているのを忘れたんじゃないだろうな?」
「くっ…」
痛いところを突いてくる愚者に、ジタンは口を歪ませた。
「これから君に行ってもらう場所は、ウイユヴェールという忘れ去られた大陸のシアウェイズキャニオンの南方にある場所さ。 そこは僕には不向きな場所なんだよ…」
「…どういう事だ?」
「どうやら、魔法に対する結界が張ってあるらしくてね。 そこで、魔法も使えない馬鹿な君に頼みたいって訳さ」
「あらあら。 結界ごときで魔法も使えないなんて、お馬鹿さんなのはどちらですかねぇ」
まったりとした声にジタンとクジャは見開いた。
部屋の端にあった幕から出てきたのは…。
「リーズ!!」
「ジタンだけを特別扱いなんて、酷い事しますよね。 私だけ仲間外れですか?」
その言葉にクジャは眩暈がしたように思えた。
「…どうやって、ここに…」
クジャの問いに、リーズは微笑んだ。
「貴方、私を氷属性を使いこなす賢者だと思い込んでいるようですが、他にも属性魔法を使うことが出来るのですよ。 私を管理したいなら、気道を塞いで施錠をしっかりするとか、魔法を封印する部屋を用意しなければいけません。 …まぁ、あらゆる対処をしても私は全部解いてしまいますが」
クジャは後ずさりをして、魔法を唱えだす。
「交渉決裂だ…ジタン。 …君の大切な仲間を全員殺す」
「ちょ…!」
ちょっと待て、とジタンが止める前に、リーズは微笑んで「あらら」と言った。
「私が脱走しただけで、交渉決裂とは…。 お子様にもほどがありますね」
「もう止めてくれ、リーズ! これ以上、奴を挑発するな!」
泣き声になりそうなジタンに、リーズは未だに微笑んでいる。
「違いますよ。 私は交渉を決裂しに来たのではなく、ジタンのお手伝いがしたくてここに来たのです」
意外な言葉にジタンとクジャは顔を見合わせた。
「それなのに、脱走だの、交渉決裂だの、酷いですねぇ。 私の好意に誰も気がつかない…」
策士の寂しそうな顔に、クジャは溜息をついた。
「分かった。 君も特別にジタンと共に行かせてあげる。 ただ…そこでは魔法は使えない」
「それぐらい、分かってますよ」
「改めて。 ウイユヴェールにある、グルグストーンを持ち帰ってきて欲しいんだ。 君らにとっては簡単な「おつかい」だろう? 近くまでは豪華な船で送ってあげるから、その辺りは心配しなくていい」
「送迎まで、やってくれるなんてありがたいですね」
そこに、黒魔道士がやってきた。
ジタンは振り返り、クジャに「約束は守るんだろうな?」と言う。
「ああ、勿論だとも。 安心して行ってくるがいい」
愚者にそう言われ、ジタンは黒魔道士達が作った移動魔法の中へと入っていった。
「さて、私も行きますかね」
リーズもそう言い、黒魔道士達の移動魔法へと歩む。
が、すぐさま「そうそう。 私としたことが言い忘れてました」と、クジャに振り向いて言った。
「貴方、氷樹の主リヴァエラ神を狙うのは止めておきなさい」
図星だったのか、クジャは目を見開いた。
「図星でしたか。 これは警告です。 あの人を捕らえる事は、貴方の魂を葬ることになります」
愚者は無言のまま、その声を聞く。
「以前、私は一度だけ、あの人に逆らったことがあります。 命をも取られる覚悟でね」
「…そんな君が、何故生きているんだ」
「相棒の厚意がなければ、ここにはいませんよ。 あの人は恐ろしい王そのもの。 全てを善意によって潤わせ、何かあれば全てを捨てる。 己の思いこそが、己の考えこそが、絶対的存在価値。 あの人以上の策士を私は見たことがない」
そして、リーズも黒魔道士達の移動魔法の中へと歩いた。
「あの人から見れば、私もまだまだですね」
そう言い、移動魔法により、ワープしていった。
ジタンとリーズが移動魔法で飛ばされた先には巨大な豪華客船があった。
「これは…ヒルダガルデ1号機なのか?」
「なかなか大きいですね。 二人だけではちょっと勿体無いです」
まるで旅客者の気分なのか、楽しそうにリーズは言った。
ジタンはその船体に圧倒されながら乗り込む。
そして後に続いて乗るリーズに振り返ると、「そういえば、リーズ達の世界にもこんな大きさの飛空艇があるのか?」と、聞いてみた。
「ええ、これ以上大きいのも数機飛んでます」
「へぇぇ…。 だからあまり驚かなかったのか…。 でも、これ以上の大きさのものが飛ぶと、燃費が良くないんじゃないのか?」
「こういった動力源は、魔力ですから燃費は良い方です。 私達の世界は、別名『魔法王国』とも呼ばれていて、世界人口の7割が何らかの魔力を持っているので。 これくらいになると大体10人程度の魔力で十分です」
「これが、魔法の力で飛ぶっていうのか!? 凄えなぁ…」
異世界の意外な事が聞けた刹那。 飛空艇は飛ぶ準備をし始める。
リーズもジタンも乗り込み、やがて飛空艇は大空へと飛び立った。
中を見て回ると、黒魔道士達が飛空艇を動かしていた。
せっせと働く黒魔道士達にジタンは「おい、クジャは本当に信用できるのか?」と繰り返し質問してみるが。
黒魔道士達は無言で働いている。
「何を聞いても無駄でおじゃるよ」
「我々の命令以外には反応しないでごじゃる」
そこに現れたのは、かつて戦乱の中にいた…。
「あら、おじゃるさんとごじゃるさんではありませんか」
「「だから違うー!!」」
リーズのボケとも言える発言に、おじゃるさんとごじゃるさんと呼ばれたゾーンとソーンは必死に否定した。
「てめえら、ブラネの次はクジャの手先にでもなったのか?」
「人聞きの悪い事を言うでおじゃる!」
「こっちが悪者みたいな言われ方でごじゃる!」
「あ、余計な事は考えないほうがいいでおじゃるよ」
「仲間の命は保証できないでごじゃる」
ぺらぺらと喋るゾーンとソーンの言葉を聞き、ジタンは思わず舌打ちをする。
「そもそも、この黒魔道士共は、戦争の為に造られた道具でおじゃる」
「兵器として完成した黒のワルツらは、強い自我を持っていたでごじゃるが…ここにいる奴らは、命令に従うこと以外にはそう大した自我というものを持ってないでごじゃる」
「それに、こいつら量産型は用済みになると動かなくなるように造られているでおじゃる」
「こんな奴らは戦争以外に使い道がないでごじゃるからな」
「それに、こいつらは道具の癖に、命に対する執着心があるようでおじゃるな」
「滑稽な話でごじゃる。 所詮、道具は道具にしか過ぎないのでごじゃる!」
けらけらと喋り、笑う双子の道士に対して、ジタンは「…お前達だって、そんなに差がないと思うぜ」と、聞こえるように呟いた。
「…今、何と言ったでごじゃるか!」
「聞き捨てならないでおじゃる!」
「黒魔道士達に心がないと言うのなら、自分達のはっきりした意思のないお前たちもそんなに大差ないって事さ。 …何か間違った事言ったか? リーズ」
「いいえ、事実を言っただけのことでしょう」
二人の強敵に対し、双子の道士はイライラを募らせている。
「いずれ、その減らず口を聞けないようにしてやるでおじゃる!」
「後悔してからでは遅いでごじゃるよ!」
どちらが、減らず口を叩いているのか と、リーズは思ったが、これ以上言うのはやめた。
言えないのではない。こういう輩共に対しては面倒臭くなるだけだからである。
「まぁ、兎に角俺達は目的地に着くまで一休みさせてもらうとするか。 くれぐれも安全運転で頼むぜ」
ジタンはそう言うと、甲板にいた運転手に肩を叩き、飛空艇の中へと休みに行った。
それを追うかの如く、リーズもジタンの後をついていく。
二人の道士は地団駄を踏みながら、二人の姿を見ているだけしかなかった。