イーファの樹の下の攻防から2日。
ビビは久しぶりにアレクサンドリアの城下町を探索していた。
パックと出会い、ここから旅が始まったが、それから何も変わっていない町並み。
だが、これから起こる世界すら驚愕し、震えるような出来事をビビはまだ知らなかった。
ふと、どん と誰かとぶつかる。
「あっ! 悪ぃ…って、ビビじゃねえか!」
目の前にいたのは知っている顔―ブランクだった。
「こんにちは…」と、ビビはいつものおどおどしい態度で挨拶をする。
「魔の森で会って以来だなぁ。 元気にしてたか?」
「う…うん。 ブランクのお兄ちゃんも?」
「ああ。 あれからマーカスに助けられてな…。 そうそう思い出した。 それから大変だったんだぜ? スタイナーのおっさんと…フライヤって言うネズミ女と…それから…あのアレクサンドリアの女将軍…」
「ベアトリクスっス」と、隣にいたマーカスがブランクに助け舟を出す。
「そうそう、ベアトリクスって奴がボロボロになっててよ。 俺とマーカスはそいつらを担いで城から抜け出すのがまた大変で…ってマーカス!?」
すたすたと歩いていくマーカスに気付き、ブランクは大きく叫ぶ。
「兄貴、早く行かないとまたルビィが怒ってしまうっスよ…」
「そうだなぁ…それはやばいぜ。 悪いな、ビビ。 ジタンに会いに来たならそこの酒場にいるから会いに行けよ!」と、ビビが「う…うん」と言おうとする前に走り去っていった。
そぉ…と、酒場の扉を静かに開けると、そこにいたのは顔を膨らませているフレイアの姿と飲んだくれているジタンの姿があった。
「ちょっと!! 朝から何飲んだくれてるの! しっかりしてよ、ジタン!」
「… …」
フレイアの言葉の攻撃に対し、ジタンは終始無言だ。
「もう…。 ってビビ、居たの?」
ビビの存在に気付いたフレイアはビビに声をかける。
「う…うん」
「ジタンが朝から飲んだくれてるの。 ダガーさんに一回振られたってだけで」
「五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!」
ジタンは聞きたくないかのように大きく叫ぶ。
「俺の気持ちが分かってたまるか!!」
「じゃあ、どっかいこうよ。 こんな薄暗いところで、根にへばりついているなんてジタンらしくないよ」
ぐいぐいと引っ張る見た目が幼女に対し、はぁ とジタンは溜息をつく。
刹那、エーコが酒場に入ってくる。
「フレイア! ちょっと良い?」
「どうしたの? …その人、誰?」
エーコを見ながら、フレイアは眉をしかめる。
そう。エーコの隣には見知らぬ老けた年寄りがいたのだ。
「今からこのおじさんのお家に行くの! だからフレイアも付いてきて欲しいの!」
「いいけど…」と、ちらりとジタンを見る。
朝から飲んだくれては、ごろごろしているジタンに対し、エーコにおじさんと呼ばれた老は、「今、トレノでカードゲーム大会をやっているようですが…そちらに出場してはどうですか?」とジタンに声をかける。
それもその筈。飲みふけていたジタンの机には数枚散らかしているがカードがちらほらあったのだ。
「カードゲーム大会か…」
赤く染まったジタンの顔はみるみるうちに、やる気に満ち溢れていく。
「私もカードゲームやりたい!」
ばっ、と手をあげたのはフレイアだった。
「だから、ジタン。 トレノってとこについたら教えてよぅ」
「僕も行ってみたいなぁ」
それまで酒の臭いと暗気に満ち溢れていた酒場が、段々賑わっていく。
その様を老は微笑みながら見つめていた。
こうして総勢5人がトレノに行くことになり、城の地下へと案内されたジタン達。
「そういえば、ここからリーズに乗って城を脱出したんだっけ…。 まだ霧は残っているようだな」
「何だか、霧が晴れる前のイーファの樹みたいな感じね」
「でも前より霧は薄くなったような気がするよ?」
それを老は聞きながら、何かを集めている。
「へぇ…。 でも、ここからどうやっていくの?」と、フレイアの疑問に対し、老は微笑みながら「ガルガントに乗り、真っ直ぐ行くのです」と返答する。
「それで餌を集めているんだ。 私が呼んであげようか?」
フレイアはそういうと「おーい!」と暗い道へと叫んだ。すると、フレイアの叫び声に呼応するようにガルガントがわさわさと大量に現れた。
「…また大量に呼び出したな…」
唖然とするジタンに対し、老は驚くこともなく、平然としていた。
フレイアはそれが不自然に感じながらも、ガルガントに餌を与えた。
大量のガルガントに乗り、トレノに着いた一行。
エーコは振り向き様に「ねぇ」と老に話しかけた。
「エーコ、ちょっと町を見てきてもいい? マダイン・サリの事お話するのは後でいいよね?」
その言葉に老は微笑み「どうぞどうぞ、何も急ぐ事はございませんのでな」と、返答した。
そう言われ、微笑みながらエーコはビビを引きずり、町へと駆け出していった。
老はふと思い出し、ジタンに「そういえば、今日がカードゲーム大会の受付最終日ですぞ」と言った。
「そうか。 じゃあ、ちょっくら行って来るかな」
「私にも教えてよ、ジタン」
「分かってるよ!」
さて、一足先に街に繰り出したエーコとビビはというと。
「あの…何で…?」
おどおどとビビはエーコに話しかける。
「何でジタン達と一緒に行かなかったって?」
「…うん」
「あの二人はニブチンだから、一人になんなきゃ分かんないの」
「…フレイアも一緒だけど?」
「フレイアは良いの! 空気読めるから! にしても、あんたもニブチンね!! ジタンはね、ダガーの事が好きなの! でもジタンはかっこつけたがるから喧嘩しちゃうの! 分かる!?」
「あんまり…よく…」
「エーコが一緒にいてもかっこつけちゃうからね、ジタン。 困ったもんだわ」
そういいながら、エーコは町の奥へと入っていく。
ビビも同じく、しかしおどおどしながらエーコを追いかけた。
さて、ジタンはフレイアと共にカードゲーム大会の参加をするために会場までやって来た。
「現在はカードゲーム大会エントリー受付中でございます。 カードゲーム大会においては、2勝した方だけが、チャンピオンへの挑戦権を得ます。 チャンピオンに勝てば豪華賞品がプレゼントされます」
「へえ。 チャンピオンってどんな奴なんだ?」
「そりゃもうとびきりの…」
「そんな凄い奴なのか?」
「それが何と! 聞いてビックリ!!」
「だからどんな奴なんだよ!?」
「実はですな…」と、カード売り場の男はジタンに耳打ちした。
「な、何ぃ!! セ、セーラー服の可愛い女の子だとぉ!? そ、そりゃ是非ともお手合わせ願いたいもんだな!!」
「でしょでしょ? だったらエントリーを…―」と、売り場の男が言おうとした刹那。
こちらにやってくる一人の女の子に釘漬けになった。
「大公様、こっちですよ!」
「わ、わかっておるブリ…しかし何分この体では大変ブリ…」
「泣き言言ってちゃ、チャンピオンの名が泣きますよ。 さ、エントリー、エントリーっと…」と、女の子が受付をしようとする最中。
「父ちゃんブリ虫だよ! きったなぁい!」
「しっしっ、ブリ虫め。 あっち行きやがれってんだ!」
「あの…すいません。 このブリ虫…私の…」
「えっ、チャンピオンのペットなの!?」
「こ、こりゃまた失礼いたしました!」
「いえいえ…いいんですけど…」
「ワシは、いつからお前のペットになったブリ!?」
「しょうがないですよ、大公様は今ブリ虫なんですから」
「うるさいブリ! ワシはチャンピオンじゃぞブリ! どいつもこいつもブリブリブリブリ…」
「何だいたのか、ブリ虫のシド大公さんよ」
夫婦漫才をしている一人とブリ虫に対し、ジタンは話しかけた。
「相変わらずの無礼な態度ブリ…」
「まあまあ…ところでさ、何でおっさんがこんなとこに来てるんだ?」
「うむ、まあこの大会に参加したかったブリが、他にもちょっとテストしておきたい事があったブリ」
「他にも?」
「はい、新型飛空艇ヒルダガルデ2号の試運転です!」
「霧がなくても飛べるっていう、あの新型飛空艇か?」
「そうブリ、まだ速度を上げる事は出来ないブリが、何とかここまで来れたブリ。 それに…」
「それに?」と、ジタンがふと奥の道から歩いてくる二人組みを見た。
「シガンおじさん! リーズさん!」
フレイアが嬉しそうに二人のほうへと歩みを見せる。
「シド大公さんが送ったのか」
「そうブリ」
ブリ虫が胸を張ろうとした刹那。
「大変大変大変ー!!」
エーコが慌てて走ってきた。
「何だ、エーコじゃないか?」
「大変なの! 今、トレノのモーグリから話を聞いたら…アレクサンドリアが…アレクサンドリアが…!!」
――――――
場所は変わって人々が寝静まったアレクサンドリアの街に男が現れた。
それは、ジタン達にはとても因縁深い男…愚者クジャ。
「明日の為に願って人は眠る…。 昨日の不幸を全て忘れてしまう為に。 そして喜びに満ちた夢を見る事を願う。 そう、辛く苦しい現実を忘れてしまいたいから」
クジャは周囲を見渡した。暗くそれでも未だにほのかな光が揺れる。
「…至って静かないつもの夜だね。 新しい女王の誕生を祝い、アレクサンドリアの街も喜び疲れたようだ。
喜びの酒が、辛く悲しかった過去を洗い流しバラ色の未来をもたらしてくれると信じてる。
でもまだ宴は終わっちゃいない。 いや、違うね。 本当の宴はこれからさ」
そういうと、手を空に広げて叫んだ。
「さあ始まるよ! 歓喜の炎がアレクサンドリアを焦がす宴が! おいで、バハムート! 昔の主に捧げる鎮魂歌を奏でておくれ!」
刹那、黒く淀んだ暗黒の空から、黒い竜が舞い降りてきた。
そして眠りについている町並みを睨みつけ、炎を巻き上げていく。
それをアレクサンドロス城の窓から見た、ダガー…否、ガーネットは睨みつける。
「ガーネット様!!」
ベアトリクスは焦りながらも、冷静に対処するかのようにガーネットの名を呼ぶ。
「あれは、バハムートですね。 ベアトリクス、急いで皆を集めてください!」
「はっ!」
ベアトリクスは、走り去っていく。その姿を見ながらガーネットもまた、その場を去ろうとした刹那。
おおん、と獣の咆哮が鳴り響いた。
「!!」
それはガーネットの姿を瞳に宿らせようとしていた。
そしてその姿を見つけて、また咆哮を鳴らす。
赤く長い鬣、白い体、そして赤い瞳。不思議と誰かに重なる。
「…貴方は…フレアさん!?」
それが窓越しにでも聞こえたのか、また咆哮が聞こえた。
そしてべきべき、と何かがはがれる音がする。
白い体が黒く変色をし、そこから黒い蔓の様なものが現れた。
肉球がありそうな足。それが広がり、まるで全てを引き裂きそうな程に爪が尖った。
そして、先程とは程遠い黒く重い咆哮が聞こえ、その姿はその場から走り去っていった。
その豹変と化した姿…咆哮…そこから見えたのは最悪の光景。
それを頭に浮かべた刹那、ガーネットはその場に倒れ、意識を失ってしまったのだった。
――――――
「この船はやけに揺れるな…」
がたがたとした飛行艇とは何か違う音がこの場に溢れる。
それが何を物語っているのか、シガンには分かっていた。が…。
「仕方がないブリ。 何せワシがこの体で作った飛空艇ブリ。 あちこちに緩みとか弛みとかがあってもおかしくないブリ」
「おかしくないブリ ってこの船、すんごくやばいんじゃねえのか?」
「ふむ、ワシの勘が正しければ…アレクサンドリアに辿り着くのがきっと精一杯だと思うブリ!」
「まぁ無理しちゃってますから落ちちゃうときは落ちちゃうってことで」
「大丈夫なのかよ! ってリーズ、怖い事言うな!」
「ジタン…。 僕…何だかちょっと気分が…」
「ビビ、船室で休んできた方がいいよ?」
「う…うん」
ふらふらとしたビビの後ろ姿を見て、シガンは溜息をする。
刹那、アレクサンドリア城が見える丘に人影が見えた。
それは一人だけではない。数百…数万と溢れかえっていた。
「これは…!!」
異常な人影に飛行艇は着陸することを余儀なくされた。
飛行艇から降りた一行は周囲を見渡す。
燃え盛る町並みがそこからは見え、それを見て、泣き崩れる者もいた。
「あんた達は、何処から来たんだ?」
「あ…アレクサンドリアだ。 そこに巨大な竜が現れてあれよあれよと炎で町を包みやがった…。 そして変な赤い獣が俺達を黒い蔓のようなもので捕まえて…なぜかここに…」
「赤い獣…蔓だと!?」
切羽詰った声で、シガンは叫んだ。
「それってもしかして、フレアのことか?」
ジタンの質問に対し、驚愕しているシガンの代わりにリーズが答えた。
「ええ。 恐らくは、「死」のチカラを発動させていますね」
「「死」の…チカラ?」
「フレアのチカラの一つだ。 それを発動させると、体に負荷をかける代わりに思い通りに魔法を発動させることが出来る」
「それを使うということは、相当無理をしている証拠です。 それに…」
リーズは、ちらりと未だに赤く燃える町を見ながら嘆く大量の人影を見る。
「これだけの量の人を数分でこの場に移動させるのは、さすがに…」と言い、珍しく悲しい顔をする。
刹那、ぴかぴかとエーコの懐で何かが光りだした。エーコはそれを取り出す。
それは今日、ガーネットと出会い、二分した召喚士の絆の証…2つの宝珠。
「ダガー…?」
「どうした、エーコ。 ダガーがどうしたって?」
「この光は、もしかして召喚士が呼ばれている…?」
動揺しているエーコを見て、シガンはリーズに対し「リーズ。 ヴァシカルで私とエーコをあの城まで連れて行け」と命令を出した。
「それくらいなら行けるだろ? いや、行け」
「分かりました」
「私はどうする? ジタンと一緒に行けば良い?」
ヴァシカルの翼が広げる光景を見ながら、フレイアは冷静にシガンに問いかけた。
「ああ。 頼む」
「おいおい…。 どうなってるんだよ。 俺はどうすれば良いんだ」
「話している暇はない。 行かせてもらう」
そういうと、ヴァシカルに乗ってシガンとエーコは行ってしまった。
一人、呆然とするジタン。
そんなジタンをフレイアは「私達も行こう! ジタン。 ダガーさんも待っているよ!」と一人じゃないことをアピールするかのように言った。
「そうだな。 行こう! アレクサンドリアへ! シド大公、ビビを頼む!」
ブリ虫にそう言うと、氷鳥を追う様に2人は燃える町へと目指して走っていった。
それの上に乗る男は綺麗になった大樹を見て「へぇ…」と呟いた。
「イーファが綺麗に見える。 まぁイーファの樹が解放されようがこれからの僕には関係ないけどね」
そして地上を仰ぎ見る。
そこには7つの人影がとぼとぼと歩いてみえる。
「この僕が『望む僕』を手に入れるべく、今までの仮面を脱ぎ捨てる日だっていうのに…。 客人が多いと困るね」
それに答えるように銀の鱗は嘶いた。
「決めたよ、銀竜。 イーファの幹を観劇の所としよう。 あそこなら脇役達の邪魔も入らないだろうからね」
男がそういうと、銀竜はその場所へと一直線に飛んでいく。
銀竜に乗って飛んできた男―クジャの姿を見て、ジタン達はそれを追ってイーファの樹を伝っていた。
だが…。
「これ以上、先にいったら幹を通り過ぎてしまうな。 クジャはあの幹に降りたみたいだ」
困り果てるジタン。
それに対し、ジタンの服をぐいぐいと引っ張るエーコ。
「ねぇ、ジタン。 どうやって登るの? エーコは自信ないけど…」
「ぼ…僕も…」
「私もちょっと無理だと思うわ…」
エーコの自信なさ気な発言に乗ったのか、ビビもダガーも不安気になっている。
それを見て、シガンは溜息をする。
そんなシガンを見て、ジタンは「そうだ!」と何かを閃いたようだ。
「フレアの父親なら、あんただって【ガーディアンフォース】って奴だろ? 大きい獣になってさ、皆にその背中に乗ってあそこまでいけないか?」
その言葉にシガンは大きく溜息をついた。
そんなシガンのフォローに入る、フレイア。
「無理だよ、ジタン。 おじさんはね、お姉ちゃん達とは違って強力なチカラを持ってるの。 下手したら、この世界を-」
「そこまでだ、フレイア。 それ以上は言うな」
「でも…!」
「だが、フレイアの言う通りだ。 私はあの子達とは違い、器用なチカラを持っていないからな」
「…そうなのか。 うーん…困ったなぁ」
ジタンはそう言いながらちらりとサラマンダーを見る。
サラマンダーもまた、面倒臭いものを見たかのように「…一人で行きゃあいいじゃねぇか」と吐き捨てた。
「俺一人でクジャのところに行っても意味がないんだよ」
ジタンの言葉に、サラマンダーは はぁ、と溜息をついた。
そしてビビとダガーとエーコを押しのけて「足手まといは捨てる。 生き残るための鉄則だろ?」と言った。
押しのけられたビビとダガーとは悲鳴を上げ、エーコは「ちょっと! なにするのよ!」と文句を言っているが。
ジタンは冷静に「俺達には俺達のやり方がある」と言う。
「お前らに考えがあるようには見えねぇな」
「考えね…」
うーん、と考え ぴんときたのか「そうだ、サラマンダー。 確か俺に『貸し』があったよな? 今、ここで返してくれよ!」とジタンは言った。
サラマンダーは一瞬『貸し』というのが何なのかが分からなかったが、先程敗者の俺に対し殺さなかったことだと悟り「…何だ?」と用件を聞くことにした。
「ここら辺、ガルガン草が生えているからガルガントがいる筈なんだ。 お前の腕で一匹捕まえてきてくれないか? あれに乗れば皆一度に登れそうだからな!」
その提案に深い溜息をつくサラマンダー。
そしてエーコとビビを担ぎ上げた。
「ちょっと何するのよ! ジタンに負けたくせに!」
「うるさいぞ、ガキ。 少しは黙ってろ」
ジタバタするエーコにサラマンダーは一喝を入れ、そのまま樹を登っていく。
その後ろ姿を見て、ジタンは「案外気が早いのな。 じゃあ、俺はダガーをおんぶしていくとするか」と言った。
ダガーは戸惑いながらも、背負ってもらうことにした。
そんな一行を見て、フレイアは溜息をつく。
「皆皆で正直者じゃないなぁ。 で、私飛んで行くけど」
「やめろ。 この前と同じことをされたら私でも手に負えん」
そう言い、フレイアが何かを言う前にシガンがフレイアを背負い、樹を登っていく。
先に登っていったサラマンダーとジタンとは違い、滑落防止の為なのかフレイアはシガンの足からぱきぱきと凍りつく音が聞こえた。
(『器用じゃない』とか言っていたのに、こういう時だけ使うんだから)
こうしていそいそと樹を登っていき、ジタン達はなんとかクジャの近くまで辿り着いた。
上を仰げばクジャがのんびりと銀竜と共に空を見つめている姿が見える。
「あれが…クジャ」
目の前の派手な姿の敵にダガーは緊張する。
「クジャ…黒魔道士を造った人…」
不安気になりながらもビビもダガーと同じく緊張している。
ジタンの「よし、行こう」という掛け声と共にクジャの前に駆け寄った。
面倒くさい客人が来たかのようにクジャは一行を見下げている。
それでもダガーは「貴方がクジャ…ですね?」と緊張感を振りほどき、話し始めた。
「私はガーネット=ティル=アレクサンドロス。 貴方に問いただしたい事があります。 アレクサンドリア女王を誑かし、霧の大陸全土に戦争を-」
「引き起こした影の存在はこの僕ではないか、と問いたいんだね」
「ええ…」
「皆を…黒魔道士を造って戦争の道具にしたのも…?」
ダガーと対し、ビビは声を荒げてしまったようだ。
「おやおや。 お姫様は血気盛んなお人形をお持ちのようだ。 僕にそんな力などありはしないよ。 ちょっとしたレシピを渡してあげただけさ」
「黒魔道士にもレシピがあるのか…?」
シガンは素朴な疑問をクジャに投げかける。
それにクジャは「ああ」と答える。
「魂を寝かせた『霧』という名のスープをコトコト煮込むんだ。 そして真心込めて作った黒魔法のボウルに入れて-」
「止めて!!」
ビビの叫び声にくすくすとクジャは微笑する。
「最後まで聞かないのかい? 魂の残りカスから出来た、魂のない人形の作り方をさ!」
「魂の残りカス? 『霧』のことか?」
「聞きたくないといったかと思えば、今度は教えろというのかい? 全く、もうちょっと君達発言を一致させる努力をした方が良いと思うよ。 それに、君たちが知るには早すぎることだ」
「貴方は何も感じないの!? 多くの人々の命を奪って…」
ダガーの言葉にクジャは「つまらない言い分だね」と吐き捨てた。
「生きる為に他の生命を奪うなんて事、多かれ少なかれ誰だってする事だろう? 多いといえばガーネット姫、それは君のママだね。 全てを手に入れなければ生きた気がしないという限りなく乾いた心を持つ君のママの事! 戦争が僕の所為? いや、あれは君のママ自身が望んだ行為! 僕は背中を軽く押しただけなのさ!」
「嘘よ!! お母様は優しい人だった! 貴方が惑わしたのよ!」
ダガーの叫び声が響いた刹那。
どぉん、と樹が振動をし始める。
イーファの樹を望む海原を真っ赤な帆船が押し寄せる。
それは以前から嫌というほど見ていたアレクサンドリアの海軍だった。
がくりとダガーは肩を落とす。
「そんな…まさか…」
「あれが君の信じるママの本性さ。 君のママは大陸一つじゃ物足りないそうだ。 感動的なまでに醜く愚かだと思わないかい?」
「どちらもどちらだな」
きっぱりとクジャの発言を捨てるシガン。
「何…?」
「お前は背中を押しただけだとほざいていたが、それだけでも大罪だ。 それにそういった兵器を醜い者に渡した時点で、お前も醜い者と同罪だな」
シガンの冷静な発言に、クジャはふとある者を思い出した。
それは青の城…雨が降りしきるあの場所で、綺麗なショックピンクの髪をしている少女…。
そういえば、それと同じような姿をしている者がここにいる。
だが、それとは何か違うらしい、というのは感じられる。
「…まぁ、何を言われようとも僕の期待通りの行動だけどね」
「どういうことだ!?」
「前座は所詮前座。 舞台の袖で、指をくわえて見てるが良いさ」
クジャはそう言い、嘶く銀竜の背中に乗り、飛んでいってしまった。
そんな敵の後ろ姿を見て、サラマンダーはぽつりと呟く。
「敵さんの潰しあいか…。 だったら放って置いて生き残った方と戦えば良い。 だが、残るのはクジャだな」
そんな独り言のような呟きが聞こえたのか、ジタンは「サラマンダーの言うことにも一理あるな」と言った。
「ここが巻き込まれる前に一旦退こう」
「駄目よ…。 このままじゃ、お母様が危ないわ…! 私、お母様を助けたい!」
「どうしたんだ、ダガー。 あいつは君から召喚獣を奪って戦争を起こしたんだぜ?」
「それでも、あの人に死んで欲しくないの!」
「君の安否なんか、これっぽっちも気遣っちゃいなかったんだぜ?! あんな奴、母親として案じる必要ないって!」
「私にとってあの人が母なの! ジタンに分かってもらえなくたって良い!」
興奮しながらダガーはエーコに振り向いた。
「エーコ、貴方この地に召喚獣が封印されてるって言ったわね?」
「う…うん」
「お願い! その場所を教えて!」
いつもの冷静そうな女性はそこにはいない。
ただ単に心配する取り乱した一人の子供だ。
「…随分下よ。 根っこがいっぱいあるところ」
「分かったわ!」
そう言うとダガー一人で走っていってしまったではないか。
慌ててダガーを追う一行。
その間にダガーは魔物に阻まれてしまった。
「!!」
刹那、大きな火の玉が魔物を襲った。
『間一髪!』
それは赤い小鳥…フレイアの魔法だったようだ。
「フレイア…」
『ダガーさん、一人で突っ走っちゃ駄目だと思うな』
「…でも…」
『気持ちは…私、お父さんもお母さんもいないから良く分からないけど、仲間が沢山いるから少しは分かる…かも? でも、こういう時はあんまし突っ走っちゃ駄目だよ』
たとえ、誰に何を言われても とフレイアは小鳥の姿で言った。
「ありがとう…ごめんなさい。 でも私行かなければ」
『まぁ、ここまで来ちゃった訳だし、ダガーさんの望みのものはもうすぐなんじゃない? そこまでフォローするから一緒に行こうよ』
「ありがとう…!」
そう言い、ダガーは走り始め、フレイアはダガーの周囲を旋回する。
そしてダガー達は召喚獣が封じられた場所に辿り着いた。
それは何かの銅像が建っている場所だった。
銅像は蛇のように尾が長く、海原をじっと見つめている。
聖なる地なのか、フレイアはそこにいるだけで癒される気持ちになる。
そしてそっとダガーは銅像に触れた。
ダガーが祈ると、それの封印が解けた。
だが…。
ダガーの頭に映ってきたのは想像としていたものとは全く違うものだった。
呆然としているダガーを心配するフレイア。
『…どうしたの? 封印が解けなかった?』
「ううん、手に入れたわ。 凄い召喚獣って事も分かるけど…でも…これではお母様を助けることが出来ない!」
『ええ!?』
驚くフレイアに後ろから「フレイア!!」とフレイアにとっては裁きの鉄槌のような鋭い叫びが響いた。
「全くお前はいつもいつもいつも…!」
ぜぇぜぇと息荒げるシガン。後ろからもジタン達が走ってくる姿が見える。
『ご…ごめんなさい! この姿だとダガーさんを助けやすいかなぁ…って』
「謝るのなら、早く元の姿に戻れ!」
『わ…分かったよぅ…』
そう言うと、フレイアは小鳥からいつもの姿に戻った。
刹那、エーコが「何て事!」と悲鳴を上げた。
「封印されていたのは伝説の海蛇、リヴァイアサンだったのね!」
「リヴァイアサン?」
「物凄く大きな津波で敵を滅ぼす召喚獣なの! 使ったら船ごと沈めちゃう。 ごめん、ダガー。 エーコ知らなかったの!」
「エーコの所為じゃないわ。 でも…このままじゃお母様が…」
ダガーはそう言い、海原を見つめた。
一方、飛び立っていった銀竜とその背中に乗るクジャは、何かを待っていた。
『霧』はなくなったが、未だに世界に残っている少ない『霧』を使い、魔獣を召喚しており、それで仰いでいるのだが…。
クジャは舌打ちをする。
「愚鈍な象女め。 何を躊躇している? それともただ単に時間が掛かっているだけなのか?」
その頃、ブラネの艦隊はぼろぼろだった。
狙撃の弾がなくなり、黒魔道士兵も使い物にならなくなっている。
さらには撤退もしない。まさに一方的な戦いだ。
だが、ブラネだけは違った。
「あの舐め腐った若造に思い知らせてやる時が来たか」
掌で空を仰ぎ、何かを海原に投げ捨てた。
「来い! ドラゴニック・シードリング! 竜王バハムート!」
刹那、突然海が割れた。
それが炎に包まれたかと思うと巨大な竜が飛び出した!
水面すれすれに…まるでイーファの樹にいる標的を挑発するかのように敵へと飛んでいく。
しかし、その標的はというと竜王の姿を待っていたかのように不思議で気分が悪い笑みを浮かべた。
刹那、バハムートは口を空け、火の玉を次々と発射する。
間一髪銀竜は空へと旋回しながら逃げ出す。
そんな姿を呆然と見ているしかないジタン一行。
「噂には聞いていたが、召喚魔法の力がこれ程とはな…」
ぽつりといつものように呟いたサラマンダーだが、心の底では(ジタンの奴はあれを狙ってこの連中と組んでいるのか? だとしたら侮れん…)と違う見方をしていた。
対して興奮してバハムートを見つめるダガー。
「凄いわ! これなら勝てる! ね、エーコとフレイア! 凄いでしょ…」
同意を召喚士の二人にも求めようと思ったが、エーコは「モグが何だか怯えているの」と不安気にモグを見つめている。
フレイアは真剣な眼差しで空を見つめていた。シガンもフレイアと同じく真剣な眼差しで空を見ている。
突然黒い雲がイーファの周辺に立ちこんできた。
そして雲が切れたかと思うと、そこから巨大な真っ赤な瞳が覗き込んだ。
「!!!」
危険を察知したシガンは慌ててバリアを張った。
そしてフレイアは白い結晶体を取り出している。
二人の慌てる姿に、ジタンは「どうしたんだ、二人とも…」と呆然としながら言った。
「お前たち、このバリアから絶対出るな!」
「何か大きいエネルギーが来るよ!」
フレイアが言った刹那。巨大な瞳から何かオーラのような電波のようなものが発した。
それは数秒で終わったのだが…その間、バハムートも黒魔道士兵も苦しんでいた。
そして雲が先程のように晴れると、ブラネの目の前にはそこにいてはならない竜王の姿があった。
そして口を開け、灼熱の炎をブラネの帆船達に向かって飛ばしていったではないか。
ブラネが乗っていたと思われる船もあっという間に壊滅し、他の船団も次々と粉々に砕かれていく。
呆然とするジタン一行。
そのままバハムートはこちらへと向かってきた。
「危ない!」
フレイアはそう言うと、詠唱を始める。
『栄光なる世界の正義…。 我が契りを持って、汝を召喚す…』
ふわりと、先程準備していた白い結晶体が浮かび上がっていく。
そこから出てきたのは純白のふわりとした身体をもつ白い竜。首には赤い結晶が組み込まれている。
「お願い! 『セイント・ハウリング!!』」
フレイアの叫びに答えるように、白竜は竜王を睨みつけて、白い弾を吐き出した。
だがそれはのろのろとしており、まさかの不発弾…かと思いきや。それを白竜はぱくりと口に戻した。
そしてぱかりと大口を開くと白い弾の衝撃波なのか、白い衝撃が竜王に直撃する。
強力な攻撃だったのか悲鳴を上げる竜王は、そのまま空へと逃げるように消えていった。
「ふぃぃ…危なく私達もアレにやられるところだったね」
冷汗を掻くフレイアに対し、白竜はふわりと樹の幹に着陸する。
『危機一髪のところでしたか? もうちょっと早く来れば良かったですね』
「ううん、ありがとう。 でも…彼が怒ると大変だな」
他人事のようなフレイアの発言に、シガンは「大変どころじゃないぞ、全く」とフレイアに対し、溜息をつく。
『いえ。 丁度彼も手を焼いている子に焼かれている状態だったので、私は暇を持て余した所です。 それに…』
「それに?」
シガンの言葉にくすりと白竜は『これ以上は言えない…でしょう?』と微笑んだ。
「まぁ…な」
忘れかけていた用件に、シガンは苦笑する。
そして白竜はふわりと飛び、白い結晶へと戻っていった。
その光景を見ていたジタン達。
はっ、とダガーは母親の事を思い出し「お母様…!」と言って、浜辺へと走っていく。
それを追いかけるようにして、ジタン達も走っていった。
そしてジタン達は脱出艇で浜辺に流れ着いたブラネ女王を見つける。
だが、ブラネは殆ど動けない状態だった。
それでも…ぴくりとブラネは手を動かした。
「ガーネットの…声がする…」
「お母様! ガーネットはここにいます!」
「そうか…。 もう…私には何もない…空っぽだよ…。 あの気持ちが…消えてしまった…」
ざざん、と海の音がする。
それを聞くように全員が静かにブラネの最期を見つめていた。
「懐かしい気分が…。 あの人とお前と…芝居を見たときの…。 私は…思うとおりに生きた…。 だから…お前も…お前の…思う…通りに…生き…なさい」
そしてブラネの瞳から、暖かい雫が流れた。
こうしてブラネの人生は終わった。
あっけなかった。暴走の果ての最期。確かにそうかもしれない。
2日後、ダガーはアレクサンドリアにてブラネの死を公表した。
そしてダガーがアレクサンドリア女王に即位することになるのもこの時であった。
「いいよ! だってシガンは私のことを助けてくれたんだもん!」
「しかし…」
シガンは後ろをちらりと見る。
こんな立派な建築物を破壊寸前までいかせようとした己は…。それを考えると謝っても謝っても足りない。
「それよりもエーコ。 ちゃんとしまっとけよ?」と、ジタンはエーコに話しかける。
「うん! しまって来るね!」
そう言い、走っていこうとするがエーコはビビの手前で急ブレーキをかけて「ちょっと! あんなことがあったばかりなのにエーコを一人にする気?!」とビビの服を引っ張っていく。
ずるずると引きずられるビビを全員で見届けながら、その後をついていった。
シガンとフレイアはエーコの部屋へと入ると、エーコは無言で突っ立っていた。
何やら悩んでいるようだ。
それを悟ったのか、シガンは話しかけようとするが…先程謝ったばかりで何を言えば良いのか、苦笑する。
珍しい様子を見て、フレイアはシガンの代わりにエーコに話しかける。
「どうしたの? エーコ」
「うん…。 フレイア、聞いて欲しいの。 お祖父さん達はエーコが16歳の成人になるまで村を離れないようにって言われたの。 でも…エーコはシガンやジタン達が行く所に行きたいの! 真剣に考えたの! 村を出ることに賛成してくれる?」
「賛成して欲しいならいくらでもするよ。 でも、もう気持ちは決まってるんでしょ?」
フレイアのきっぱりとした言葉にエーコは無言になる。
「大体エーコ、貴方はビビに言ったじゃないの。 『自分の気持ちに嘘ついちゃダメ』って。 自分が言った言葉ぐらい、自分でしっかりと受け止めなさいよ」
大人な発言にエーコは「…そうだったわ!」と同意を示す。
「自分が言った言葉なのにすっかり忘れてたわ! ありがと! フレイア」
「いいよぅ。 それよりも…」
フレイアはシガンを見る。
未だに凹んでいるのか、シガンは夕焼け色の空を見つめている。
それを見て、エーコはぴんとくる。そしてシガンに近づいていった。
「…すまなかったな…」
接近してくるエーコに対し、未だに謝罪の言葉を告げる男に、エーコは「あのね、代わりにお願いがあるの」と願い事をシガンに話した。
夕焼けから夕闇に代わりつつある…夜。
エーコの部屋…即ちリビングには溢れるほどの料理が並ばれていた。
「うぉう! 今日もまた美味しそうだな!」
ジタンは舌なめずりをして、輝いて見える料理を見つめていた。
「あれ…? 今日もエーコが料理を作ったの?」と、ビビはきょろりと辺りを見渡す。
「ううん。 今日はエーコじゃなくて、シガンが作ってくれたの」
「…これ全部…!?」
ダガーが驚愕するのは仕方ない。大皿が1、2枚…ではなく7枚も料理を入れて並んでいるのだから。
そして8皿目の料理をシガンは持ってきて「残り物も含めてかなりの量を作ったが、これほどの大所帯ならすぐになくなりそうだな」と平然と話す。
そしてエーコの明るい「いただきま~す!」と言う声を合図に、楽しく激しい会食が始まる。
「これおいし~い!」
「おう、どれどれ…」
「ちょっとジタン! そんなところから手を伸ばさないでよ! はしたない!」
「でっ。 …いいじゃないか、これくらい」
「おいしいクポ!! 美味しすぎてポンポンが震えるクポ!」
…と、モーグリーも含め、総勢11人が激しい料理の取り合い等をしている最中。
部屋の端から冷静にそれを見つめる焔の男。
そんな男にとってきた料理をシガンは渡す。
「食え」
強制的な発言に焔の男は溜息をする。
「どうしてあの時、奴を殺そうとした?」
焔の男の問いに対し、シガンは眉をひそめる。
「奴…? ラニという女の事か」
「ああ」
「あいつは召喚壁の場を利用した。 だからこそ殺そうとした。 それだけの理由だ」
するり、とシガンは手に持ったカップスープを飲む。
「確かにな。 あの男よりは分かっているようだな」
「分かっているとは…?」
いつの間にか平らげたのか、シガンに空になった皿を渡す。
「明日純粋な戦いをすると、あの男に伝えておけ」
そう言い残し、焔の男は去っていった。
シガンは空になった皿を見つめながら「明日は大波乱だな…」と呟き、溜息をついた。
一方。明日の大波乱の前に、大混雑しているリビングはというと。
「クポー…」
モグが小さい手でフォークを握り締めて、料理を取ろうとしている。
「モグ、私が取ってあげるよ」
そっと、モグの皿にその料理をのせて、エーコはにこりと微笑んだ。
ビビはそれを見て「エーコってモグに優しいんだね」と言う。
「だってエーコ達は親友だもの。 同じ日に生まれてず~っと一緒だったのよ! このリボンは親友の証で、モグがプレゼントしてくれたの!」
モグもクポッとリボンを懐から取り出す。
「これはエーコがあげたの! モグにはまだ大きいけど、二人が素敵なレディになった時に一緒につけるのよね~」
「クポ~!」
お互いに笑い合う二人のレディにその場にいた全員は(モグって女の子だったのか…)と呆然と見ていたのである。
会食が終わり、一堂が解散した時にジタンはダガーの姿が見当たらない事に気がついた。
「ダガーはどこに行ったんだろう?」
刹那、どこからか歌が聞こえてきた。
そちらに吸い寄せられるようにジタンは崖下の入り江に行く。
そこには小舟に乗ったダガーが歌っていた。
ダガーは真剣な眼差しで見るジタンに気付き、歌うのを止めた。
「気にせず歌ってくれよ。 ダガーと俺だけの歌なんだからさ」
そして周囲をジタンは見渡す。
「それにしても、良くこんな場所見つけたもんだ。 ダガーは盗賊の素質があるんじゃないのか? 俺と一緒にチーム組まないか? 名付けて…『夫婦団』!」
「…素質はともかく、その名前はどうかと思うわ…」
まんざらでもないのか苦笑するダガー。
「なんて言うか、最近のダガーは調子いいよな」
「だとしたら、ジタンのお陰ね」
「そうじゃないさ。 ダガーがなろうとしたからだよ」
「ううん。 ジタンが一緒にいてくれたからだわ。 私一人じゃ外側の大陸どころかリンドブルムにも行けなかったと思う。 私のしたことって全部空回りしてたし、お母様を止められなかった。 挫けそうな時もあったけどジタンがいてくれたから…。 それにジタンだけじゃない」
「そうだな。 イーファじゃ、ビビもエーコもシガンもフレイアも。 大陸出るときはクイナもいたし、その前にはフレアとリーズもいた。 フライヤ、スタイナーのおっさんに敵だったはずのベアトリクス…」
「忘れてないわ。 皆無事だって信じている。 でも…時々不安になるの。 私…助けてくれた皆の期待にちゃんと答えてるのかな…」
「そんなに重く考えなくていいと思うけどな」
「だって!」
「皆、ダガーに責任感じて欲しいなんて思ってない。 皆、自分自身で道を選んでやったことさ」
「自分自身で…」
その言葉を聞き、ジタンをちらりと見る。
「ジタンはどうして一緒に来てくれたの?」
「それは…」と、質問に答えようと思った刹那。ある物語がジタンの頭をよぎった。
「…イプセンの言った台詞だ」
「イプセン…?」
「イプセンってのは本当にいた冒険かでさ。 その冒険の話を元に書いた芝居だったと思うんだけど…。こんな話なんだ。
イプセンとコリンという二人の友人がいた。
二人はトレノの館で働いていた。
ある日、イプセンの下に手紙が届いた。 けれどその手紙は雨に濡れたか何かで殆ど読めなかった。
辛うじて読めたのは『家に帰れ』という事。
今でこそ飛行船があるから移動は楽だけど、そんなのがなかった頃の話だからな。 帰るにしても精一杯なのさ。
何故だか分からないままイプセンは暇を貰い、旅の支度をして旅立った。
川を越え山を越え、霧を越える旅。
モンスターに襲われることがあってもコリンと二人なら何とかなった。
こうして幾日か過ぎたある日。 ふと、イプセンが気付いてコリンに聞いたんだ。 『お前、どうして来たんだ?』と」
「…コリンは何て答えたの」
「『お前が行くって言ったからさ』」
その言葉にダガーはジタンが何を言おうとしているのかを悟った。
そしてダガーも何かを言おうとした刹那。
綺麗な歌が辺り一面に響き渡る。
「この歌は…あの歌じゃないのか?!」
小舟が何も言わずに沖を出始める。
ふと、ダガーは召還壁を見た。
見覚えがある、光景。
でも違っていたのは…あの赤い悪魔のような時間ではないということ。
その場で崩れ落ちるダガー。
「ダガー! しっかりしろ!」
ジタンの叫び声を聞き、ダガーは気を失った。
ダガーが目を覚ますと、そこにはジタンとシガンとフレイアが心配そうに見つめている光景だった。
「…大丈夫? ダガーさん」
「ええ…。 心配かけてごめんなさい」
「旅の疲れも残っているだろう。 明日も早い。 寝ていろ」
「ええ…。 ありがとう…シガンさん」と、ダガーは言うと 目を閉じた。が…。
眠れないのか、ダガーは目を見開いて、話し始めた。
「私…。 幼い頃の思い出がないの。 ただ、忘れただけだと思って気にした事もなかった。 周囲の誰からも、何も言われたことがなかったから…」
ダガーの言葉に3人は静かに耳を傾けている。
「アレクサンドリアで育ったのは本当なの。 でも…6歳からだと思うの」
「6歳から? じゃあそれまでは…」
「それまで…6歳までは、このマダイン・サリで育ったの。 何もかも思い出せたわけじゃないし、霧がかっているようなところもあるわ。
ただ…今から10年ほど前に信じられないくらい大きな竜巻がこの村を襲った。 その日までは思い出したの。
あの日、私は本当のお母様と一緒に小舟に乗って村を離れたのだと思う。 小さな入り江の小舟と同じ形だったし、召喚壁から聞こえて来た村の歌がきっかけで昔の事を思い出したわ」
「あの歌はマダイン・サリの…。 だから誰も知らない歌だったんだ」
フレイアはふと疑問を感じ、ダガーにやさしく問いかける。
「それだとどうしてダガーさんはアレクサンドリアで暮らしたの? それに、エーコみたいに角がないのは何故なの?」
「それは分からないの。 でも、トット先生ならご存知かもしれない。 嵐の後、海の上を漂っていたその間に私を庇うようにして船でなくなった本当のお母様の事も教えてくださるかもしれない」
「そうか…」
シガンはそう言うと、すっと立ち上がり 外に出て行った。
今日は満月らしく、月夜が素晴しく綺麗に見える。
そんな夜空を見上げながら、ふと瞳が熱くなっているのに気が付いた。
顔を横に振り、シガンは「まだまだだな…私も」と一人呟いた。
翌日。
エーコとダガーは召喚壁から出てきた。
祈りを無事済ませたようで、二人とも清々しい顔つきになっている。
そしてエーコは召喚壁に向かって「お祖父さん、行ってきます!」と叫んだ。
マダイン・サリの入口で焔の男が立ち塞ぐかのように待ち受けていた。
「待っていたぞ」
それに対し、ジタンは「やっぱりやるのかい?」と盗賊剣を持ちながら、焔の男に言った。
「言っただろう? お前と純粋な戦いをしたい。 それだけだ」
「分かった、受けてたつぜ」
盗賊剣を構えるジタン。格闘爪を右手にいれる焔の男。
それを見てダガーは不安気に「ジタン…! やっぱり―」やめた方が良い、と言おうとしたが。
ジタンはダガーに微笑んで「大丈夫。 たまには良いトコ見せなきゃって思ってたところだからさ!」と言い、焔の男を見つめる。
「行くぜ…!」と焔の男が言った刹那、どっしりとしたものがジタンの盗賊剣にぶち当たった。
恐ろしいまでの早さ。それに対し、ジタンは盗賊剣で己を守ることしか出来ていない。
怒涛の連続攻撃になす術もないと、思った焔の男。
隙を見て、ジタンの急所を当てようとした刹那。
ジタンはぶん、と盗賊剣を大きく振り下ろした。
それに吸い込まれるかのように、焔の男の体が地につく。
剣は焔の男の首元を掠めていた。
それを見て、焔の男は「…負けだ。 止めを刺せ」と冷静な口調で言ったが。
ジタンは「立てるか?」と平然とした口調で焔の男に手をさし伸ばす。
「いらん。 早く殺せ!」
「なんだよ。 折角拾った命を粗末にするもんだ」
「行けとでも言うのか?」
「此処で去るなら放っておくさ」
「…何を企む」
「企む? 勝負がついてもお互いの命があったんだ。 それで十分だろ?」
「殺しが怖いのか? まさか、牙を持たない野郎に俺が敗れたとはな!」
「牙を持つ野生の獣こそ、無駄な殺生はしないもんさ」
焔の男はふと、シガンを見た。
シガンは冷静にそれを見つめているだけである。
改めてジタンを見る。
殺意のある目をした男に対し、ジタンは「何だよ、まだやるって言うのか?」と溜息をついた。
「勝者は正者、敗者は死者。 お前もこの鉄の掟の中で生きてきた筈だ。 なのに…理解が出来ん。 言え! 殺さない理由は何だ!」
シガン程…否、それ以上のがちがちの堅苦しい者に対し、ジタンは大きく溜息をつく。
「理由っていわれてもなぁ…。 死なずに生きていることがそんなに不満なのか?」
「訳の分からん状態で生きるより、ケリがついた方がマシだ」
「仕方ないな…。 じゃあ、俺達と一緒に来いよ」
ジタンの驚愕の言葉に、ダガーとビビとエーコは悲鳴を上げる。
「…どういうつもりだ」
「行動を共にすりゃ、理解できるかもしれないぜ? それにこれから一戦交えなくちゃならないんだ。 あんたなら力強い戦力になりそうだ」
ジタンの言葉に対し、焔の男は「…いいだろう。 お前がどれ程の者か、見極めてやる」と渋々ながら承諾をした。
「ところで何て呼べばいい?」
「好きに呼べばいい」
「うーん…そういわれてもなぁ。 そういえば、ラニに焔色の旦那って呼ばれてたよな」
「焔色のサラマンダー…。 そう呼ばれていた事もある」
「じゃ、サラマンダーって呼ばせてもらうぜ!」
そう言うとジタンは ぽん、と焔の男-サラマンダーの背中を叩く。
軽々しいジタンをよそに、3人は不安そうな顔をしている。
「大丈夫、上手くいくさ。 ここは俺に任せてくれよな! …よし! イーファの樹に行こう!」
ジタンを先頭に5人は歩いていく。
それを後ろから見ていたフレイアは「全く、ジタンって誰かしこも仲間にしちゃうよね~」と言いながら追いかける。
段々と仲間が増えていくにつれ、面倒が多くなっていくような気がしてならないシガンもまた、ゆっくりと6人を追いかけるようにして歩いていった。
「すっかり晴れちゃった…」
呆然とイーファの樹を見ながらエーコは呟いた。
霧を生み出していた魔物は倒れ、イーファの樹から吐き出されていた霧はどんどんと薄れていき、陽が眩しく照らす明るい大地となった。
恐らくこの影響は世界中に溢れていることであろう。
「これで、ジタン達の住んでる霧の大陸って所も晴れるの?」
「とりあえずは大元を締めたからな。 後はクジャがどう出るか…」
エーコの問いにジタンは答え、ふと寂しそうに陽に当たるイーファの樹を見つめているビビに「ビビ? どうした?」と問いかける。
「ジタン…。 僕、間違わなかった? さっき僕達黒魔道士は霧から造られたって聞いたよね? あの時、こうしている間にも戦争の為に仲間が造られているって考えたから、僕は何がどうあってもそんな事は嫌だって思ったんだ。 でも…これで黒魔道士の仲間はもう増えないんだと思うと、僕は皆に嫌われる気がする」
不安げな言葉を連発するビビに対し、エーコはビビの背中をバシッと叩く。
「そんな事ないわよ! いい? 自分の気持ちに嘘ついちゃダメなの! だってそんな嘘ついて欲しいなんてあんたの仲間は思ってないもの!」
「そう…かな? 分かってくれるかな?」
未だに渋々するビビに、フレイアからも指摘する。
「分かってくれるよ! 分かってくれないのならそれは仲間じゃないよ!」
それを聞いて、ジタンはふと思い出す。
「そういえば、フレイア。 あの時「皆」と言っていたけど…「皆」って何のことなんだ?」
あの時は6人の仲間しかいなかった。それを「皆」という風に表現するに値しない。
「「皆」は「皆」だよ。 多分ジタンにも、おじさんすら聞こえなかったと思うけど」
「おいおい、またはぐらかす気かよ…」と、ジタンはいつものパターンに怪訝としていた刹那。
一匹のモーグリーが6人の間に現れた。
「モコ!? どうしたの!」
「エーコ! 大変クポ! あのね…」と言い、ごにょごにょとエーコの耳元で何か話している。
「分かった、すぐに戻る!」
「じゃぁ、先に戻って皆に話しとくクポ」
そう言い、モコはその場を急いで去っていった。
「ジタン達ってここでクジャを待つんでしょ? エーコ、ちょっと急いで村に帰るね!」
「どうしたんだ? エーコ」
「村の、大切な宝が盗まれたみたいなの!」
その言葉を聞いて、ぴくりとシガンは反応する。
「エーコ、俺達も行くよ。 いいだろ? 皆」
ジタンは周囲を見渡す。その周囲にいる5人はこくりと頷いた。
「とっても嬉しいけど、クジャはどうするの?」
「マダイン・サリならそう遠くはないからな。 あいつは待たせておくさ!」
こうして一行は急いでイーファの樹を後にする。
シガンはふと、後ろを振り向いた。黄金色に輝くイーファの樹を見つめ、この間何事もない事を祈りながら。
一行がマダイン・サリに戻ってくると、慌てふためているモーグリーたちの姿があった。
「モコに聞いたわ。 どうなの!?」
モリスンは「とにかく来てくださいクポ!」と慌てて、エーコの部屋へと歩いていく。
それを追いかけて、エーコも歩いていってしまった。
「俺達も行ってみよう」と、ジタン達も追いかけようとするが。
「いや、私が行ってくる。 盗んだ犯人はまだ周囲にいるかもしれないからな」
そう言い、シガンは冷静な面持ちでエーコを追いかけていった。
「…何なんだ…」
呆然とするジタンに対し、「さぁね」とフレイアはさらりと答える。
「ただ、おじさんはもしかすると…」
「…もしかすると?」
「まぁ、あくまで想像だけどね。 エーコをお姉ちゃんの姿に重ねているのかも」
「フレアの? なんで?」
「それは知らないよ。 まぁ、エーコの事はおじさんに任せておけば大丈夫でしょ」
きっぱりと言うエルフの娘に対し、はぁ…とジタンは溜息をついた。
シガンはエーコの部屋へと入っていく。
そこは昨日、7人とモーグリー達とで会食をした場所。
そこに涙を流しているエーコを発見する。
シガンは冷静に「…堪えるくらいなら思い切り泣いたらどうだ」とエーコの背中に話しかける。
びくりとエーコは身体を震わせ、シガンへ振り向いた。
「泣く訳…ないじゃない! エーコはもう一人前なんだから! 泣いてどうにかなる問題じゃないんだからね!」
「それならば改めてお前に問おう。 一体何を盗まれてそんなに泣いている?」
冷静な口調のシガンの問いに、エーコは俯き呟きながら答える。
「大事な…村にずっと伝わる大事な宝石が…なくなっているの。 お祖父さん達がね…『自分達がこの地に生きる証だ』って大切に大切にしていたのに…」
その言葉に対し、動揺すらしないシガンにエーコの哀という感情が溢れ出した。
「…ヒック。 …エーコの。 …ヒック。 エーコのせいかなぁ… ヒック。 約束破ってイーファの樹の封印…解いたからかなぁ。…ヒック。あんなに…あんなに皆が大切にしてたのに…」
「イーファの樹の封印を解いたのは私達だ。 お前ではない。 それに、真に悪いのは盗んだ者だ」
「…うん…! ごめんね、シガン。 変な所、見せちゃった」
「…いや。 別に良い。 大人になろうがなるまいが、泣く時は泣くものだ」
「うん。 じゃあちょっとお祖父さん達に祈ってくる! 直ぐ戻るからね!」
そう言いエーコは明るい顔で振舞い、ぱたぱたと走っていった。
その後ろ姿を見て、シガンは「…やはり『あの時』のフレアとは違うな…」と呟いた。
その頃、マダイン・サリの入口付近で犯人を捜しているジタン達は何かの叫び声を聞いた。
「!!」
「盗んだ犯人はまだここに隠れているのか!」
「叫び声が聞こえた方向へ行ってみましょ!」
ダガーはそう言い、4人は叫び声が聞こえた方向…召喚壁に向かうと、誰かがいるようだ。
そこにいたのは…自称愛の狩人ラニが、軽やかにエーコを持ち上げている姿であった。
(エーコ!)
ジタンの心の声に対し、エーコは「レディに対して何て事するのよ!」とキーキー音でラニを挑発する。
「この背中の羽飾りはなぁに? とっても持ちやすくて助かるわ」
「お祖父さんがつけてくれたの! 汚い手で触んないでよっ!」
「口の減らないガキね! 大人しくしてなさい!」
ジタンはそんな様子を眺めながら「くそぅ…どうしたらエーコを無事に助けられるんだ?」と1人呟いた。
刹那、後ろからゆっくりとシガンが歩いて来る。
「シガン…!」
「大体事情は分かっている。 任せておけ」
「おいちょっと…」と、ジタンが止めようとするが、シガンは言うことを聞かずにラニの前に堂々と姿を現す。
「何よ、アンタ。 もしかしてこの子のナイト様って所かしら?」
ぶらりと捕まっているエーコをシガンに見せながらラニは言った。
「何が目的だ?」
「あら、なかなか話が分かるナイト様で良かったわ。 私はね、お姫様のペンダントが欲しいのよ」とラニは言い、ダガーをにらみつける。
「…ダガーのことか」
「それなら俺が持っている」と、ジタンはシガンに言う。が…シガンは微動だにせずにラニの方へと歩いていく。
「ちょっと! このガキがどうなっても―」と、ラニは挑発するが。
瞬間、シガンは剣を抜きラニの喉元へと刃を近づける。
「…!」
「エーコを放してもらおうか」
冷酷な発言に、ラニはごくりと唾を飲み込み、エーコを掴んでいた手を離す。
「きゃっ! 何よ! このオバさん! もっと優しくレディを下ろしてよね!」
「忌々し―」
忌々しいガキ、とラニは言おうとしたが、喉元の刃を思い出し、口を噤む。
「次は盗んだ物を渡してもらおうか」
「わ…分かったわ…」
ラニはシガンの言うとおりに懐からイヤリングを取り出す。
そしてそのイヤリングをシガンに渡し、シガンはそれをそっとエーコの掌に返した。
ようやく要求が終わったのか、シガンは剣を鞘に戻す。
「本当はこの場所を荒らしただけでも許せないが…特別に許そう。 だからこそ、失せ―」
失せろ、と言おうとした刹那。ラニの口から微笑の声がした。
その行為にいら立ったのか「何がおかしい」とシガンはきつい口調でラニに言う。
「アンタ、気に入ったよ! 物凄く気に入った!」
ラニの突然の言葉に全員呆然とする。
「男らしい奴は私の大好物なんだ! だから、私はアンタに一生付いて行く! いいだろ!?」
ラニの強い気持ちを含んだ言葉に、シガンはぽかんとしている。
刹那、ラニの顔が企みの顔へと歪む。
そして大斧の刃をシガンの喉元へと向けた。
「!!!」
「形勢逆転、ってところね!」
余裕のラニに対し、シガンはラニを睨みつける。
その頃、その一部始終を見ていた4人。
シガンの異変にフレイアは敏感に感じ、ぐいぐいとジタンの服を引っ張る。
「…どうしたんだ、フレイア」
「マズイよ…とってもマズイ」
「そうだな…。 まさか形勢逆転されるなんて…」
「違う違う! 逆だよ逆!」
「逆? ラニが危ないって事?」
「そうだよ、ダガーさん。 おじさん、あの人を殺すつもりみたい」
「殺すつもりって…」
改めて4人はラニとシガンを見る。
どんどんと周辺が冷気に包まれていくのか、先程までは涼しかった風が冷風へと変化している。
「以前言ったように、おじさんとお姉ちゃんは古代建築についてとってもうるさくて、それを荒らされると異常に怒るの。 しかもあのラニって奴に形勢逆転されたら…」
ぷるぷると顔を横に振るフレイア。
「多分、あのままあの人は串差しだよぅ…」
フレイアの言ったとおり、ラニは先程まであった余裕はなくなっていた。
突然、寒くなったのである。
改めてラニはシガンを見つめる。
シガンは 口を利かぬ と言わんばかりにラニを睨みつけている。
否、それは獣のような…神の怒りのような…強烈な瞳。
シガンの体から発される大量の冷気はラニを凍えさせるどころか、凍死させる程になっていた。
とてもじゃないが危険だ。だが、それよりも今はペンダントとイヤリング…についている宝珠の欠片を手に入れなければいけない。
だが…このままでは殺されてしまう。
そう思った刹那、ひゅんと何かが飛んできた。
それをシガンがとっさに剣を鞘から出し、受け止める。
それは逆立った赤い髪を揺らし、武道家が主に使う爪を装備している。
邪魔をされたシガンは歯軋りし、「邪魔をするなぁ!!」と叫び、剣を振りかざす。
それを赤い髪のそれは爪で受け止める。
が、その衝撃は周囲の召喚壁を揺らすほどだ。
「おいおい、このままじゃ…」
「召喚壁が…」
恐ろしい衝撃に、ジタンとビビとダガーが不安気に見つめる中。
フレイアはそれを止める為に召喚壁の中へと入っていった。
「おじさん! ダメだよ! それ以上やったらここが持たない!」
フレイアのその言葉に、びくりとシガンは反応する。
段々とシガンから発していた冷気は薄れていき、フレイアはほっとしたのか溜息をついた。
だが、ラニだけは反応は違っていた。
「どういうつもりよ? 焔の旦那。 裏家業世界ナンバーワンの男が…」
「別に助けた訳じゃない。 戦いを汚されたくなかっただけだ」
「何の事よ。 それよりもこちらは形勢逆転したのに邪魔しないでよね!」
「邪魔しなかったらお前は死んでいた」
それでも良いのなら、と焔の男は冷静にラニに言った。
そして「宝珠の欠片を置いて失せろ」とラニに警告をする。
「ちょっと! これは私とアンタが受けた依頼で―」
「先走った挙句、人質を取り、さらには凍死するという危険もあったのに早めに退却しなかったお前が悪い。 そんな卑劣で危なげな奴とは俺は組まん」
さらりと、しかも図星を言われてしまい、ラニは歯軋りする。
「…覚えてなさい! いつかアンタも狩ってやるわ!」
そうしてラニは召還壁を飛び越えて去っていった。
それを見つめて、焔の男はジタンを注視し「さあ、俺と戦え!」と叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。 どういう事だ? 何で俺なんだし」
「言っただろう…。 純粋な戦いをする為にした事だ」
焔の男の真剣な瞳を見て、ジタンはこくりと頷いた。
「分かった…受けてたつぜ。 って言いたいところだが」
そう言い、ジタンは周囲を見る。
「ここだとまたシガンが怒り狂うことになりそうだから、場所を変えて。 後は…もうすぐ夕飯の時間だろ? その後でどうだ。 腹が減っては戦は出来ず、だろ?」
ジタンの多めなリクエストに焔の男は溜息をつき「…好きにしろ」とだけ言い残し、その場を去っていった。
焔の男の後ろ姿を見ながら、ダガーは「ジタン…本気なの?」と不安気になっている。
「ああ。 言うからには必ず勝ってやるからな! にしても…」
ジタンは改めて周囲を見る。
ぼろぼろにはならなかったものの、地面には未だに凍りついている場所があちこちにある。
冷静冷酷な奴ほど、怒り狂うととんでもないことをするな、とジタンは苦笑した。
母なる大樹、イーファの樹。
ドワーフ達からは聖地と崇められ、召喚士達からは母なる樹と呼ばれていた。
そしてここには召喚士達の失敗した召喚獣を封印する地でもあり、普段は封印により立ち入ることすら叶わない。
が、それらの伝承は1人の者によって軽々と破壊されようとしていた。
一行がイーファの樹に立ち入ろうとすると、そこには大量に溢れる『霧』があった。
「ここが『霧』の源って話、どうやら本当らしいな」
ジタンはそう言うと、前へと歩いていく。が、何かにはじかれてしまった。
「どわっ! 何だ…今のは」
「今のが封印なの。 怪我はないと思うんだけど…大丈夫?」
「そうだな。 痛みは全然なかったよ。 でも、エーコもこれを解くことができるんだよな…?」
ジタンの言葉に少々戸惑うエーコ。
「う…うん。 召喚獣に『戻ってきて』ってお願いするの。 召喚士は頭にある角で召喚獣や動物達と気持ちを交わす事が出来るの」
「それで、シガンはそれをどうやって解くんだよ」
その言葉にシガンは「フレイア」と呼ぶ。
「あれを出せ」
「もう出してるよ。 はい」
シガンに言われてフレイアは素直にそれを出した。
それは何かの結晶らしく、黄金に光っている。
フレイアの小さな手から黄金色の結晶は離れ、封印の中へと吸い込まれた。
そして光り輝いた後、誰かが出現した。
それは女性だった。黄金色のショートヘアーに黄金色の瞳。手は人間と思えない…鳥の鉤爪のような手をしており、腕からは小さな翼が生えている。さらには頭と腰に大きな装飾品をつけている。
そんな女性にシガンは微笑み、何か話し始めた。女性もそれに反応して笑顔で話し始める。
だが、その言葉が良く分からない。聞いたこともない言語だ。
「一体何を話してるんだ…」
ジタンの問いにフレイアは「隠語だよ」と微笑んで言う。
「隠語…?」
「隠語ってどういうものなの? 聞いているだけで理解が出来ないわ」
「頭痛くなるから深い意味を考えない方がいいよ、ダガーさん。 あれはね、自分と相手が話している情報を聞かれないようにする為のものなの。 だから意味とか考えない方が身のためだよ」
「って、フレイアは言葉の意味が分かるのか?」
「分かるわけないよ。 だっておじさんと…―」
言いかけて己の口を塞ぐフレイア。
「おじさんと…何だ? あの女の人は誰なんだ?」
「言わない…」
「誰かも言えないのか?」
ジタンはフレイアを睨みつける。
それを見て、ダガーはフレイアをフォローする。
「だめよ、ジタン。 言えないものは言えないんだから。 それに後から教えてもらえるかもしれないし」
「う…うん…そういうこと!」
「何を話しているんだ、お前達は」
隠語での話し合いが終わったのか、シガンが呆れ顔で全員を見渡していた。
「シガン、封印は解けたのか?」
「ああ。 解いてもらった」
「あの女の人に解いてもらったって事?」
「そういうことだ。 行くぞ」
そう言い、シガンは歩いていこうとするが、後ろからジタンが声をかけてくる。
「おいおい、あの女性は―」
刹那、しつこいジタンに対し、ダガーはぶち切れ寸前なのか、甲高い声で「ジタン!!」と叫んだ。
二名の少女と一名の女性が睨みつけられ、ジタンは観念したのか「わ…分かったよ…」と呟いた。
こうして神地へと足を踏み入れていく一行。
木の根がまるで道路のようになっており、やがて空洞に入って奥に入っていった。
下へ下へと降りていく道。その奥には何か魔法陣らしきものがあった。
「こいつは…驚いたな。 一体誰がこんなものを作ったんだ?」
そう。奥に行けば行くほど人工的に手を付けた部分が所々にあったのだ。
後ろを振り向くと、エーコがビビをエスコートしている所だった。
(…普通逆だろうに…)
溜息をつきながらも、ジタンはエーコに「エーコ、ここはどういうところなんだ?」と問いかけた。
「うーん…エーコも封印の中に入ったの初めてで、何も知らないの」
「そうか…。 ということはあの女性が…ってこともないのか、シガン」
恐る恐る、先程の女性の事をジタンは発言した。
それに対し、シガンは冷静に話す。
「あの人もこの建造物は知らないとは言っていたな」
「そうか…」
そう言い、ジタンは中央の部分に手でつつくと、突然光り出した。
それを見て全員驚愕する。
「こいつは…フレイアはどう思う?」
「私だったら乗ってみる…。 でも変なトラップがあるかも分からないから…これは賭けだよ」
「そうか…。 よし、試してみるか!」
先程のフレイアの「トラップ」という言葉に不安になるダガー。
それを見てジタンは「大丈夫だって! 俺に任せときな!」と自信を持って発言をする。
そしてその場所に乗ると、その部分だけ突然下に沈んでいった。
ジタンは慌てて魔法陣外に出ると、それはすっと戻ってきた。
シガンは地面に膝をつけて座り込み、魔法陣に手を触れて目を瞑る。
そして目を開けて立ち上がった。
「大丈夫だ。 かなり古い構造だが立派に動く。 次は全員で乗っても大丈夫だろう」
「…よし、皆でいこう」
先程までは枯れきった場所だったが、何かが発行している場所へと辿り着いた。
「下のほうは眩しくて見えないな…。 あの底まで降りれれば良いのか?」
「らしいな。 今度はあの葉に乗るらしい」
シガンに言われ、ジタンは目をこしらえて見ると、なにやら下の方に葉のような黄緑色の物体が見える。
「ああ、あれならエーコが乗っても動かなかったけど…」
「ってことはさっきみたいに…」
恐る恐る、全員で乗ってみるとその葉のような物体は動き出す。
そしてその葉は根に沿って下へ下へと螺旋状に降りていく。
「動いた瞬間は驚いたけど、風の抵抗とか全くないんだな」
ジタンが呟いた刹那、どさりと一人倒れてしまった。
フレイアだ。
「フレイア!!」
小さい身体をシガンが抱く。なにやら苦しそうだが。
「命に別状はないが、異様な苦しみようだ…この下に何かあるらしい」
その言葉にエーコが反応し「そうだ! モグなら何か分かるかも!」と懐からモグを呼び出す。
「このイーファの樹の中でモグは何か感じる?」
エーコの言葉にモグは「クポクポ!」と何かを表現し始めた。
「そうかぁ…ありがと!」
そしてモグはエーコの懐へと戻っていった。
「で、モグは何て言ってたんだ?」
「んとね、下の方に沢山の生物の存在を感じるって。 モグ達って妖精でしょ? そういうの、肌で感じるんだけど…ここは特別ではっきり分かるって」
「それだな、フレイアが倒れた原因は」
冷静にシガンが言い、ジタンは「…どういうことだ?」と問いかける。
「フレイアも妖精の血を特別にひいている。 さらにはモーグリーよりも優れており、生物の生命でさえもその言葉を理解できるほどだ。 おそらく、それが凄まじくて処理が出来なく 倒れてしまったのだろうな」
「お前は大丈夫なのか?」とジタンは聞き、シガンは「私は大丈夫だ」と冷静な返答をする。
「ということはクジャはここには…」
「いない可能性が高いかもしれない。 でも…一体クジャと『霧』にどんな繋がりがあるんだ?」
ジタンが考え始めた刹那、エーコが「何か来るわ!」と叫ぶ。
ひゅん、と何かが上空を通り過ぎた。
それはエイのような姿をしており、見下ろしている。
魔物に反応したジタン達だったが、シガンが冷静に冷酷に「全員、動くな!」と叫ぶ。
「なんでだよ! 皆で戦えば」
「これに穴を開けてもらっては困る。 それに私達の足場がとても小さい。 いつもの戦い方では無理だ」
「じゃあどうすればいいんだ?」
「こういうときは魔法使いが前衛で戦う。 後のものは援護か見ていれば良い」
「見ていろって…」
「私とエーコが回復、そしてビビとシガンが魔法で攻撃…ということですか?」
「そういうことだ。 それと、ここでは召喚は使うな。 スペースがあまりにも足りない。 この空間に穴を開けただけで大惨事になる」
「分かりました。 エーコ、やりましょう」
「うん! ビビ、頑張ってよね!」
後ろからの応援に、ビビはびくりとさせて、詠唱に入った。
ひゅんと、無残にも凍らせて落ちていく魔物たち。
それらを見つめながら、エーコは呟いた。
「このイーファの樹の中って外ではあんまり見かけないモンスターが多いみたい」
「もしかして、これも『霧』の影響?」
ダガーの不安げそうな声に対し、ジタンは考えながら口を開いた。
「分からないが、魔の森やガルガン・ルーも同じように霧特有の魔物がいた」
「でも、『霧』が生まれてくるのがイーファの樹なら、どうしてジタン達の大陸の方にだけ出てくるの?」
「確かになぁ…。 『霧』を運ぶ何らかの方法が必要だよな…」
考えふけるジタン。だが、もう1人考え込んでいる者がいた。
ビビだ。
ビビは考えながらも堅い口を開く。
「実は…『霧』について僕も考えてたんだ。 ジタンはダリ村にあった、あの工場の事を覚えてる?」
「ああ、あの工場の事か」
「あの工場にも『霧』がいっぱいあったよね。 きっと何か関係があると思うんだ。 『霧』とクジャと…黒魔道士…」
その言葉にエーコが反応する。
「黒魔道士??」
「ビビのような姿をしたものを増産したものが黒魔道士だ」
ビビの心を抉るようなシガンの発言に、ジタンは怒り「シガン!!」と叫ぶ。
「本当のことだ。 何を戸惑うことがある。 だからこそ、お前は甘い男なのだ」
「なにを!!」
ビビは戸惑いながらも「駄目だよ、ジタン!」と止めに入る。
「僕はもう気にしてないから…!」
「ビビ…お前…」
一部始終を見ていたエーコは「な…なんだか複雑なのね…」と戸惑いながら言うのであった。
どれぐらいの時が経ったのか。
ようやく底が見えてきた。
「随分と深かったわねぇ~」
こうして乗り物が止まり、エーコは真っ先に飛び降りるとビビに対し「ちゃんとついて来るの!」と胸を張る。
「ねぇ、ジタン。 モグの言ってた『沢山の生物』なんて何処にも見えないわ」
「けど、ダガーも感じてるんじゃないか? ここまで来ればモグでなくとも分かる気配がある」
「そうね…。 確かに、ここには何かあるんだわ…。 あれ? シガンさんは?」
「下に行ったようだな」とジタンは下にいるシガンを見つめる。
先程倒れたフレイアを抱きながら機械のような植物のようなものに触れている。
「とても昔からここにあったみたい。 それも百年や二百年ではすまないくらい…」
「だな。 確かに植物がこうなっているのはおかしい…」
不思議な空間に吸い込まれそうなジタン。
下の方に光る水が見える。
エーコの隣にモグがいるが、何故だか震えていた。
再び機械のような植物のような物体にジタンが触れた刹那。
がたりと、それが動いた。
「!!!」
「全員その場に伏せろ!!」
シガンの弾丸のような声がその場に響く。
刹那、どぉんとする音と共にぐらりとその場が揺れる。
そして突然目の前に見たこともない魔物が出てきた。
それは先程の植物のような機械…の先端。
それが先に立ち、1本の樹のような物質になった。
『クジャではなかったか』
低いひしゃげた声が頭の中で響く。
「今、クジャと言ったな…。 奴は何処にいるんだ!」
『我の与り知らぬ事』
「『霧』を生産しているのはお前か?」
シガンの冷静な声に、それは答える。
『生産ではない。 『霧』は生成における余物。 根を通し廃棄する塵に等しき物』
「大陸を超える根を通じて『霧』を送り込んでいたのね!」
「一体何のためだ! 何故そんな手の掛かることをしてまで!」
『訳を話してやろう。 闘争本能を刺激する『霧』によって、ヒトの大陸を廃棄物で包み…ヒトの大陸の支配者を争わせ、ヒトの大陸の文明を滅ぼす為。 クジャは廃棄物を別の手段で利用したに過ぎない。 クジャは塵を利用して兵器を作った』
そう、お前のような と魔物はビビを見る。
『クジャはそれを『黒魔道士』と名付けた。 『霧』で造られた暗黒の生命体』
「じゃあ、ダリ村の工場はやっぱり…」
ダガーは魔物を睨みつける。
魔物は冷静にその場にいる者の頭の中に声を響かせる。
『我を倒せば『霧』が止まる。 それは即ち、底の人形の如き平気が生まれぬ事を意味する。 答えよ人形…お前は自らの出生を否定するのか?』
「…造らせないよ」
「…ビビ」
顔を上げながら決心するビビを心配しながらダガーは見つめる。
「これ以上人殺しの道具なんて造らせない! 造らせちゃいけないんだ!!」
その決意に後ろからエーコが「よっくぞ言ったわ、ビビ! 何だか難しい話だけど、コイツはやっつけちゃっていいのね!?」と愛用の笛を握り締めて戦闘態勢をとる。
「ああ!」とジタンが言った刹那。
「待て」とシガンが止めに入る。
「なんだよ! こんな時に!」
「…どうやら戦闘したくて仕方がない先客がいるようだ…」
珍しく汗をたらりと流して、シガンは苦笑しながら抱いているフレイアを見た。
先程まで苦しがっていたフレイアだが、体中からなにやら沸騰するかのように煙が出ている。
そしてフレイアの瞳が見開き、魔物を睨みつける。
ぼひゅ、という火炎放射の音のようなしたのと同時にフレイアは空を飛んだ。
それはフレイアというより、火の鳥…にしては小鳥のような小ささで。
頭には蝶のような黄色の触角が生えており、腹部には爪のようなものがついている。
それは勘高く嘶きながら魔物を…否、標的を睨みつける。
『許さない! 皆をこんな風にして滅茶苦茶にして! 一瞬であんたなんか消してやる!!』
完全にきれてしまったのか、火の小鳥と化したフレイアは手を…というより翼を上に掲げだした。
そこに巨大な火の玉が出来上がり、それを魔物にめがけて飛ばした。
まるで伝説にある魔法…メテオと同じだ。
『ふん、こんなものなど…我が体内に吸収して―』と、魔物は自信満々でそれを吸収し始めた。
が、すぐさま魔物は『…な…これは…』と驚愕する。
「何が起こったんだ? あいつ、あれを吸収できるんだろ?」
少し遠くからその光景を見ていたジタンは魔物の言葉に疑問を持つ。
「出来る筈ないだろう」と、シガンは溜息をつきながら言った。
「どうしてそう言い切れるんだ?」
「魔物はあれを炎だと考えている筈だ。 フレイアの体内から出たのは炎だからな。 それを見ての行動だろう。 だが…あれは残念ながら光で構成されている」
「光…? でも、それだったら…」
「光は炎を生むことが可能だ。 だが、光が乱反射を魔物の体内でするとしたら…?」
「大火災…ということか」
考えていたとおりに、それを受け止めきれずに燃え上がる魔物を見てジタンはそう呟いた。
満足そうに見つめるフレイア。
だが、かなりやりすぎたようで。
その場所が少しずつだが崩れ始めている。同時に周囲は大きく揺れ始めた。
「ヤバイな…。 行こう! 脱出だ!」