「何でこんなところに閉じ込められなきゃならないのよ! ここから出してよ~!」
小さいながらも見事な地団駄を踏んでいる少女は叫んだ。
そのお隣でのんびりと座って冷静にそれを見ている少女。
「ちょっと! なに見てるのよ! 見てるなら、もうちょっとレディに対してクジャって奴に何か言ってやってよね!」
「そんな事言われてもねぇ…。 相手が聞いてなかったらどうするの? こんな所で消費するより、もっと別の所で消費した方がいいと思うよ」
冷静な解析をするフレイアに対し、はぁ と必死に叫んでいたエーコはうなだれた。
「ジタン達、大丈夫かなぁ…」
そこにクジャの声が聞こえてきた。
『君達の為に用意したスイートルームの居心地はいかがかな?』
その声に対し、フレイアは立ち上がった。
『ジタン達は今、君達の命の為に僕の言うことを聞いてくれてるんだ。 でも、僕は人との約束を守るのが嫌いでね…。 おまけにジワジワと人をいたぶるのが大好きなんだよ。
そこで、君達に素晴しいプレゼントをしたいんだ。
この僕の美しい宮殿の中に立派な砂時計があって、その砂が減るにつれて君たちがいる部屋の床が開くという仕掛けになってるんだ。
砂時計をさかさまにするだけで君たちは助かるんだけど…ジタンがそれまでに戻ってきて助けてくれるといいねぇ。
さて、君達の命も後10分少々か…。 まぁ、それまでにジタンという救世主が現れることを祈るがいい。 さようなら、愛しいほど愚かな者達よ』
長い長い一人芝居の後に響く愚者の高笑いに、カエルのシドは拳を握り締めた(ようにみえた)。
「クジャの奴め! よっしゃ、ここでワシがやらねば誰がやるケロ!」
通路を真っ直ぐ突っ切っていくと、黒魔道士達の小声が聞こえてきた。
「ねぇ、砂時計回して、鍵かけてこいって言われたからその通りにしただけだけど…。 僕らのしてる事って悪いことだよね?」
「でも動かなくなっちゃうのとこれとは別だと思わない?」
その声に対し、黒魔道士達は沈黙した。
「兎に角戻ろう」
「またあの仕掛けを解いていくの? 僕まだ分からないんだけど…」
「基本的にさ、全部つければ大丈夫だよ。 難しく考えすぎなんじゃない?」
そうして黒魔道士達は宮殿の奥へと消えていった。
それを聞いていたシドは頭をフル回転させたが、あれらを追いかけている場合じゃないと察知した。
シドは先程の黒魔道士達が出てきた部屋に行くと、壁にかけてある鍵と砂時計と変な生物がいた。
(あの鍵がさっき言っていた鍵に違いない筈ケロ…。 ただ、あの化け物がこっちを見ている間は動かない方がいいケロ…。 ビ…ビビってるわけじゃないケロ! 冷静な判断で決めただけケロ!)
自らの心でノリツッコミをしてから改めて化け物を見る。
化け物はジロリとカエルを睨みつけているが、動かなければ人形と思っているらしく、そっぽを向いた。
その間にかけてある鍵を手に入れ、砂時計を逆さまにした。
シドの活躍により徐々に部屋から出てくる人影。
「ありがとう、シドの伯父様! 本当に死んじゃうかと思ったわ! 皆も無事で何よりね!」
「とはいっても、ここからどうやって脱出するかを考えないと」
心の臓を押さえているエーコに、冷静にフレイアが言った。
「そうじゃな。 ここからが大変じゃ」
「ですな」
「う…うん…」
エーコとフレイアとは別の部屋にいたフレイヤとスタイナーとビビは、そう頷いた。
一汗かいたシドは「さっきここを通った黒魔道士の話によると、この先には何か仕掛けがあるらしいケロ。 『基本的には全部つければ大丈夫』と言っておったが…」と言った。
「ジタン達が戻ってくるまでに何とかエーコ達だけでここから脱出しなきゃ!」
「そうだね!」
一同は頷き、唯一残る魔法陣を踏んだ。
宮殿のようなクジャの隠れ家はただただ静まり返り、寂しく思うように少し照明が暗い。
「なんか…暗くてジメジメしていて、洞窟みたいで趣味が悪いわね!」
いつものエーコの我儘が始まった、と思ったフレイアは、ふとそこにあった蝋燭に小さな灯火をつけた、が。
「ん…?」
フレイアの耳がぴくりと動いた。
そんなフレイアの異変に気付いたのか、ビビは「…どうしたの?」と振り向いた。
「うん、あのね、この蝋燭少し変なんだ」
「変…とは?」
蝋燭に灯った火はゆらゆらと動く。
「ほら、色が青紫色でしょ? 私の炎は黄色を帯びた赤が普通なの。 だから、これがシドさんが言っていた『全部灯ければいい』という奴じゃないかって。
多分これ全部つけないと出口までいっても開かなかったりするトラップがあったりするかも」
「そうしたら時間がなくなってしまいますぞ!」
「多分、クジャは脱出不可能にする為にわざとこういった仕掛けをしたのじゃろうな」
「ホント、シド伯父さん様々だね」
「ホント、ありがとうございます」
二人の小さな召喚士に感謝され、カエルは顔が赤めいた(と思った)。
果たしてこれが何本目だったのか。
宮殿中の蝋燭に灯火をつけながら奥へ進んでいくと、突然甲高い音が周囲を包み込んだ。
『防衛システムニ反応アリ! 侵入者ヲ発見シマシタ! コレヨリ、侵入者ヲ排除スルタメ、監視モードカラ、攻撃モードニ変更シマス!』
「な、何なの? クジャの声じゃないわ!」
驚く一行だがそこには何もいない。
だが、甲高いビービーという嫌らしい音は鳴り止むのをやめない。
「隠れてないで出てきなさい!」
フレイアの声に反応したのか、それは出てきた。
それは盾のような壁のような、機械のようなものが出てきた。
「何よ、これ…」
「まぁ機械のようなものじゃのう…」
「しかしでかい…。 これにどう対抗すればいいのか」
「兎に角、機械だから雷系に弱いと―」
言っている間に、雷―サンダラがそこら中に落ちていく。
「思うから、雷系で攻撃するのが得策だとして…」
「そうしたら…あの機械なるものは充電されてしまうのではないか?!」
「その為に、私が今から召喚するからちょっと待ってて…ね!」
「あい分かった…! ビビ殿、魔法剣の補助を」
「う…うん!」
激しい雷の中、対抗策を話した一行は一斉に壁のような機械に向かっていく。
その間に、フレイアは召喚の準備をする。
フレイアの召喚は特殊だ。
空間を壊さぬように、召喚される神の力量を調整し、尚且つ、その神に支障を利かさぬようにする。
それが出来ると、この世界の大地とリンクをしなければならない。
それを一瞬の内に出来あげると、茶気けた小さな結晶を空に向かって放り投げた。
『大地よ、その振動を鳴らず、岩石となりて我の前に現れり。 されば全ての大地を捧げ、汝の空腹を満たそう』
フレイアがそう詠唱すると、宮殿の壁が崩れ落ちた。
そして、それは形となって現れた。
『地蛇、スウォール=ウェルジェルア!』
名前のとおりに巨大な蛇となった岩々から眼が覗いた。
【呼んだか?】
「ごめんね、スウォール。 お休み中に」
【別に良いが、何もせず とはどういう意味だ?】
「それは周囲を見れば分かると思うよ…」
大地の蛇は言われたとおりに周囲を見る。
人間の一部屋というのに雷が鳴りやまない、そして必死に壁のようなものを打ち砕かんとするゴミのようなヒト…。
【成る程…。 俺は避雷針扱いということか…?】
神様なのに扱いが非常に雑だったのが駄目だったのか、大蛇の声に怒りがこもる。
「いや…そんなんじゃ…」
【フレイア、『縛り』を解除しろ】
「駄目だって! そんなことをしたら、この空間が」
【五月蝿い、氷樹の王の餓鬼が! これは俺からの命令だ!! 俺の命令は絶対だ!】
「はうう…」
珍しくびくびくするフレイアは一つだけ『縛り』を解除した。
それは少しでもチカラを発動しないという『縛り』。
すると、大蛇の岩だけだった身体からずるりとするどい鎌が3つもあるような手が現れた。
そして空間中の雷を取り込み始めた。
それは攻撃していたビビの魔法をも、だ。
そうして雷を取り込んだ大蛇は咆哮をあげる。
まるで世界中の雷が一つの場所に集中して落ちたかのように。
刹那、敵の機械の部位に巨大な岩がめり込んだ。
それは一つだけではない、何個も何十個も。
異常な重みでぐらぐらしている機械に大蛇はとどめと言わんばかりに鋭い爪ではじき落とした。
地の底まで落とされて見えないが、『ぼ…防衛…停止…シマ…』という微かな音が聞こえた。
ふん、と大蛇は鼻息を立てた。
【どうだ、クズ共。 俺にかかれば一瞬で大破できるのだぞ。 だが…】
そこにいる小さな召喚士―フレイアに顔を近づける。
【おい、餓鬼。 一体どうなっている? ここは氷樹の奴の世界だと思ったら、違うではないか! よりにもよってその部下の金色の野郎の世界か、ここは!】
「あ…まぁ…うん…」
フレイアの曖昧な口調がいちいち腹立たしいのか、咆哮をあげる。
【金色の奴は何をしている! 奴がやらないなら俺が―】
「そこまでにしましょうね、スウォール」
綺麗な音がそこに響いた。
それは普通の女性。なのだが、服がまるで召し使いのようなこの空間に似つかわしくない。
栗色の瞳と長い髪がさらさら動いている。そこには風が吹いてはいないのだが…。
【ティアラ…】
「やっぱり付いて来て良かったですね。 こうなることは私には分かってましたから」
【付いて来たのは分かっていたが…。 何故何も言わなかった?】
「貴方なら一瞬で決着するのは目に見えてるでしょう?」
その場にいる全員は、溜息をついた。
巨大な大蛇神をも、だ。
「では、帰りましょうか。 帰っておやすみの途中を楽しみましょう」
のんびりゆるりとした声で言ったティアラは、フレイアのほうへと振り向いた。
「私のスウォールはお役に立ちましたか? フレイアちゃん」
「まぁ…うん、役には立ちましたね…」
目の前にいる人に「乱暴な命令さえ除けば」とはさすがに言えない。
それを知っているか知らずか、非常に満足な顔をしたティアラは「では帰りますね」と言い、スウォールと共にその場から消えた。
足がすくんだのか、がくりとフレイアはその場で座り込んだ。
「だ…大丈夫? フレイア」
「まぁ…ね」
「今のは…なんだったでありますか?」
「始祖神、大地の蛇、スウォール=ウェルジェルアっていう、氷樹の主のライバル的存在」
「なのは分かったが、あの少女は…」
「彼女はティアラといって彼の媒体だよ」
「媒体…?」
「強大な神―始祖神は生まれた時から、世界を破滅させるチカラを常に持っているの。 それを少しずつ放出する為にはヒトの身体の方が適役だと考えた神は、その身体を求めて契約させた。
破滅のチカラを常に持っている始祖神がその身体ごとヒトに入れる事は出来ないし、入れたらヒトの身体の方が耐えられなくなって破裂してしまうからね」
「それが媒体なのじゃな?」
フレイヤの声に紅の少女は頷いた。
「それよりも! なんであんなに言われっぱなしだったの? フレイアは」
「そりゃあ勿論、スウォール神はティアラさんだけにしか心を許してないからねぇ…。 一応、リヴァエラ神の元で召喚の契約を施してもらったけど…」
「アンタも大変ね…」
フレイアは エーコにだけは同情してほしくないなぁ と、心の中で呟いた。
一行はそこから一つだけ輝いている魔法陣に乗った。
それが罠であることも知らずに…。
一方その頃。
「やっと戻ってきましたね…」
リーズは飛空艇から降りながら溜息をついた。
「早くあいつらを助けてやらないとな!」
同じく飛空艇を降りてくるジタンはそう言い、リーズと共にクジャの元へと向かおうと、指示された魔法陣に乗った。
が。
「なんだ…ここ…」
見たこともない広間に辿り着いた。
刹那、そこにクジャの声が聞こえてきた。
『良く戻ってきたね。 その階段を上がった先の部屋に僕は居るよ。 但し、ジタン、君一人で来るんだ』
クジャの声が途切れ、二人とも溜息をつく。
どう考えても罠に決まっている。
「ま、なんとかなるか…な?」
「貴方なら大丈夫でしょう。 頑張ってくださいね」
クジャの言うことを聞いたらどうなるか分かっているでしょうね という、リーズの微笑が怖いが「ああ…」と、生ぬるく返事をごまかしてジタンは一人で部屋へと入った。
「また会えて嬉しいよ、ジタン」
ゆるりとソファに寛ぐクジャをジタンは一睨みした。
「おやおや…とりつく島もないね…」
そこを覗いてごらん、とクジャに促されて、そこに映し出されたものを見た。
そこには捕らえられている仲間全員の姿があった。
「心配しなくても良いよ。 ちょっと眠ってもらってるだけさ。 さあ、グルグストーンを渡してもらおうか」
「この野郎…何処まで卑怯な奴なんだ!」
ありそうな言葉を吐き捨てるジタンに対し、クジャは鼻で笑う。
「そんな言葉は聞き飽きたよ。 さあ、渡すのか渡さないのかどっちにするんだい? それにどちらにしても、それの用途だって知らないんだ。 渡すのが得策って奴だろう?」
最もな意見にジタンは苦い顔をした。
刹那。
画面が文字通り、揺れた。
風のようなもので仲間を巻き取り、映像の外へと出るように…否、部屋の中へと竜巻が乱入してきた。
その巨大な竜巻にその場にいたジタンとクジャは「くっ」と退いた。
次第に風が止むと、そこには仲間全員の姿があった。
「なんとか救出できましたよ、ジタン」
にこやかなリーズの姿がそこにあった。
「ふん、これはちょっと計算外だね。 でも、これで勝負が決まったわけじゃない」
「ええ。 勝負とかどうでもいいのですが、フレイアさんをどこにやりました?」
そう。そこにはフレイアの姿がない。
リーズの珍しい真剣な発言に、クジャはにやりと悪い笑みを浮かべた。
「本当は、残った余計な奴らを抹殺して、グルグストーンを君から奪ったら、全部処分してしまうつもりだったが…。 まぁ、いいさ。 とりあえず彼女とグルグストーンは頂く!」
ふわりと、飛んで魔法陣に乗ったクジャは「またいつか会えるといいねぇ」と言葉を発して消え去った。
慌ててジタン達も追いかけようと魔法陣に乗る、が。全く反応しない。
「さっきの船まで行きましょう、ジタン」
「ああ!」
急いで飛空艇の所まで駆け抜けた。
だが、既に遅し。飛空艇は鋭い音を奏でて飛び去った後だった。
「畜生! 逃げられちまったか!」
「ジタン、ブルーナルシスで追いかければまだまだ行ける距離じゃケロよ!」
「言われなくたってそのつもりさ!」
大空を飛空艇が舞って行く、その飛行機雲を大高速でブルーナルシスが追っていく。
その先には雪が舞っている閉ざされた小さな大陸へと向かっているようで。
山頂付近に何か建物があるらしく、そこに飛空艇は止まったようだ。
「一体あの先に、何があるというのじゃ…」
フレイヤの言葉にジタンは うーん、と考える。
「あいつが何考えてるのかなんて分かりたくもないが。 それにしてもどうしてフレイアを?」
「良くは分からんケロも…あのお穣ちゃんも召喚獣を使うケロよな?」
ジタンは「そうだけど…」と言い、ぴんと何か来て、リーズを見つめた。
「恐らく、始祖神や星の民の召喚が狙いでしょうねぇ…」
「じゃあそれが召喚されたら…一体どうなるんだ?」
「もしかして、また氷樹の主みたいに凍ったりしちゃうの?」
「それはないと思います…。 ですが、問題があるとしたら…非人間的な始祖神達が召喚された場合ですね…」
非人間。リーズのその言葉にスタイナーは「スウォールっていう神の事でありますか!?」と言った。
スウォールという名に、がくりとリーズは肩を落とす。
「い…いつの間に、そんな危険物そのものをフレイアさんは呼び出したのですか…」
「でもあんなのを無理に呼び出したら、大変じゃない!」
「ええ。 さらにこの世界の事を知っているのはリヴァエラ神くらいなので、下手したらこのガイア神とのチカラ押しでチカラが暴発して、多大な影響を受けることにもなりかねないのですよ」
どちらにせよ、早くフレイアを救出せねば。
そう考え、ジタン達は船を下り、雪原の大地へと足を踏み入れたのだった。
西へ西へと進路を取る飛空艇は、やがて忘れ去られた大陸へと到着する。
ジタンとリーズは飛空艇から降りると、クジャに言われたとおりに南へと足を運ぶことにした。
何時着くか分からない道のりを、二人でぽつりと歩いていく。
ふと何かを思いついて、ジタンは「なぁ…」と、リーズに問いかけた。
「魔法が使えない場所ってクジャが言っていたが、それの対処ってどうするんだ?」
「そうですねぇ…。 色々と考えてましたが…」
「って、対処出来るのかよ」
「ええ。 通常の魔法なら使えないですけど、魔力が使えないわけではないと思いますよ。 だから第一に魔力の塊を形に変える。 それが無理なら、武器による追加効果を確実に放たせる。
私の杖は昔、お世話になった人達から頂いたもので、魔法使用不可がかかってもいいように、強力な攻撃魔法を沢山付属しています。 なので、振りかぶれば…」
「ふ…振りかぶれば?」
刹那、暴風がジタンを襲った。
「うわぁ!」
思わず身をたじろくジタンに対し、にこやかに悪魔のような笑みをしているリーズ。
「なかなか面白いでしょう? この杖。 沢山付属してくれたお陰でランダム性があり、振りかぶる毎に楽しみが増えます」
そんな楽しみが増えるなんて嫌だ、とジタンは率直に言いたかったが、いつもより悪戯心が際立っている緑の堕天使には言えるはずもない。
ただ、心の中で泣くしかないジタンなのであった。
禁断の地、ウイユヴェール。
峡谷の奥に密かにあったその遺跡は、奥に巨大な建築物を守るように巨大な門で閉ざしていた。
「ここが入口…みたいだな。 こんなでっかい門なんて開けられる訳ないぜ…」
「『開けゴマ!』って言ったら案外開きそうですけどねぇ」
リーズが冗談で言った刹那。
突然、門が開き出した。
「…何だか分からないけど、中に入れって事か?」
「そのようですね」
「お招きに与って光栄だぜ」
そう言いながら、二人は中へと入っていった。
昔の装飾品の数々は、人の手がなかった経歴を語っているかのように、埃かぶっている。
突然、目の前に巨大な球体のものが浮かんでおり、何やら文字らしきものがそこに浮かび上がった。
「なんだ…これ…。 『母なる…テラ』?」
首を傾げながらジタンは、「うーん…読めないなぁ」と言い放つ。
それを苦笑しながらリーズは「あらあら、読めてるじゃないですか」と、惚けているジタンに対して言う。
「いやぁ…。 読める、というよりは文字が語りかけてくるような感じなんだよなぁ。 自分でも不思議な感じだぜ。 というか、リーズは読めないのか?」
「珍しく解読不可能ですねぇ。 お勉強不足ですね」
そう言い、リーズは奥へと入っていく。
奥には台座がいくつもあり、スイッチのようなものが所々にある。
リーズは適当にそれを押してみた。
すると、台座が反応したのか、何やら飛空艇らしきものが浮かび出される。
「『…古代の船…。 歴史上…最も古いモノ…』、か」
「こちらは戦闘用の船みたいですね」
「それは造船技術が低かったみたいだ。 こちらは戦闘艇インビンシブルっていう試作型らしい」
「これらは昔の飛空艇技術を残していたものらしいですね。 なかなか面白い施設ですね、ここは。 とても勉強になります」
リーズはまるで子供が博物館を観覧するかのように、目を輝かせている。
そうして別の所で水晶玉に手を伸ばした。
刹那、空間に映像が映し出される。
「『都市の…始まり…。 栄えた頃…。 繁栄しすぎた…枯渇…衰退…。 最盛期…テラの各地…点在した都市…衰退…』」
「何処かの都市が栄えて衰退していったってところですかね。 でもそんなところがこの世界にありましたかね…?」
「さあなぁ…。 この遺跡は一体どうなってるんだ?」
「色んな仕掛けが楽しくて仕方ないですね。 もっと奥に行って見ましょうか?」
きらきら目を輝かせている子供のような悪魔のような堕天使が言うのだ。
命令のような提案を尊重しながら、ジタン達は奥へと歩いていく。
そこには沢山の人の顔の造形が壁に埋め込まれている部屋だった。
「何だ…ここは?」
「気持ち悪いですねぇ。 もうちょっと美意識というものがないんですかねぇ」
その声に答えるかのように、突然その造形の一つが口を開き出した。
『来訪者よ…目の前に見える石に乗るが良い』と、それはジタン達の意識に直接話かけてきた。
ジタン達は言われたとおりに石に乗ると、石は静かに浮かび上がり、造形は語り始める。
『来訪者よ、心して聞くがよい。 これは我々の始まりの文明の記憶である。
そもそも種の衰退は、我々の問題ではなかった。 ありとあらゆる動植物、そして…が絶えていった。
全ては我らがテラの…こそが、引き金だった。 それを克服すべく…ありとあらゆる手段が検討され…。
最終的にはテラ文明の粋を集め…最初の試みは…の大陸で行なわれた…。
しかし、それは失敗に終わった…。
その後に…重要な要素が…で、あることが分かる。 四度の貴い犠牲を乗り越えた我々は…未来永劫の繁栄を掴み…自らに取り込んだ…。
…一部の動植物は蘇ったが…は未だに蘇らず、今後の成果が待たれる。
このテラの尊い歴史を語り継がんが為、我らは創造…された…』
十分語り終わったのか、石は再び元の場所に戻った。
リーズは何かを考えていたのか、「テラ…か…」と、小さい声で呟いた。
「どうした? リーズ」
「テラという一世界の事を…あのお方は知っているのかな、って思いまして」
「あのお方?」
「ええ。 この世界の主…金色の長とも呼ばれる人です」
「金色の…」
ジタンは、ふとイーファの樹に出現したあの綺麗な美女の事を思い出した。
全てにおいて金色に輝かんと言わんばかりの、シガンと楽しく隠語で話していたあの人である。
「俺、そいつ見たことあるぞ」
「あら。 貴方、いつ接触したのですか?」
「イーファの樹で、シガンと楽しく話していた時だ。 直接話した事はないが…」
「なら、隠す事もありませんね。 金色の長…この世界の主、ガイア神を」
「ガイア神…。 あの人がか…」
今でも覚えている。
あのルックス、カリスマ性のような印象。まるで、氷樹のリヴァエラ神のような…。
「ガイア神はリヴァエラ様の後輩的な立ち位置のお方。 この世界はやや小さいですが、かなり強力な『カラフルティア(色彩属)の始祖神』の一人です」
「…カラフル…?」
「通称色彩属。 白や黒、赤や青等、色を尊重する神々の事です。 リヴァエラ神は違って『エレメンタリア』という単属性を尊重する『始祖神』の一人ですね」
「凄いな…。 神々の世界って…そんな風に認識されているのか…」
「沢山発見されてますからね。 神様もお友達が沢山必要なのですよ」
「なんか…人間臭いな」
「それが『星の民』の良き所です」
そう言うと、リーズはジタンに「それにしても、どうしてジタンだけ文字が読めたりしたんですかね?」と問いかけてみた。
「俺だって知りたいさ。 それよりも今は仲間の命が懸かってるんだ。 とにかく、そっちを優先しよう」
ジタン達は来た道を引き返そうとする。
だが、目の前に何やら銅像のようなものが二つ程、道を塞ぐかのように佇んでいる。
「? さっき来た時は、こんなものなかったような…」
「ですよねぇ」
のほほんとしたジタン達に対し、二つの銅像はきらりと瞳を光らせて、目の前でその姿を変化させた。
その姿は…。
「お…俺?!」
「わ…私ですか?!」
鏡に映った己のように、見事にジタンとリーズに変貌していた銅像は、二つともにやりと笑みを浮かべた。
刹那、銅像が変化したリーズは跳躍し、本物のリーズに対し、杖を振り下げてきた。
慌てて、リーズはそれを受け止める。
「くっ…」
ジタンも、銅像に変化した己と盗賊剣を交えながら、舌打ちをする。
「リーズ…どうする?」
「逃げましょう。 ジタンならまだしも、私にまで変化されたらただじゃすみませんからね」
問いの答えに(…俺は問題ないのね…)と、心の中で考えながら「おうよ」と、一言返事をした。
先程とは違う道をただただ、走っていく本物の二人。
それをあざ笑うかのように、その偽者は笑みを浮かべながら追いかけてくる。
「くそう…。 一体クジャの言っている代物は何処にあるんだ!」
「もしかして…あれじゃないですか?」
そう言い、リーズが走りながら人差し指でさした先になにやら丸い小石のようなものが、台座に埋め込まれている。
そこに必死に駆け寄り、ジタンは一生懸命取り出そうとする。
だが、そこに偽者が追いついてしまった。
「万事休す、か…」
「いいえ、まだです」
諦めかけたジタンに、一言二言天使は言った。
天使…リーズは、空間を切る思いで、おもい切り杖を振りかぶらせた。
すると、偽者の身体がたちまち氷漬けになっていくではないか。
その時、ジタンが一生懸命とっていた丸い小石―グルグストーンはすぽんという音と共に、台座から抜けた。
「時間がありません! 早く!」
そう言うと、息切れをする程にジタンとリーズは必死に出入り口まで走る。
どん、と出入り口の扉をこじ開けると、すぐさま扉を閉める。
ひいひいぜえぜえと喘ぎながら、ジタンとリーズは息を呑んだ。
二人は、そろりと薄く扉を開けてみる。
そこには元の姿に戻り、佇んでいる二つの銅像があった。
まるでほくそ笑んでいるかのような銅像達に、ジタンとリーズは溜息をついた。
してやられた二人の男と女に対し、まるで自己主張しているかのように、ジタンの手に握られている小石はきらりと夕日に反射して輝いていた。
「おい、ジタン! 目を覚ますのじゃケロ!」
小さい者に足蹴にされて、ジタンはふと目を覚ました。
そこは鉄鋼の壁があり、出入り口は締め切られている、閉鎖的な部屋。
そこに喋るカエルとジタンのみがいる。
「ん…シドのおっさんじゃねぇか。 ここは一体…?」
「うむ。 ワシにもよく分からんケロ」
「黒魔道士達の言った通りの場所に来て、流砂に飛び込んだ後に目の前が真っ暗になって…その後は気を失っていたのか、覚えていないな」
「ワシもそうじゃケロ。気が付いたらお前と一緒にこの部屋の中にいたケロよ」
「他の皆は?」
ジタンの問いに、カエルは寂しそうな眼差しをした。
「分からんケロ…。 無事だといいんじゃケロ…」
刹那。聞いたことのある声が部屋中に響き渡る。
『やっとお目覚めのようだね』
「その声は…クジャ! お前だな!」
『また会えて嬉しいよ、ジタン』
「こんの野郎! 他の仲間は何処へやった!!」
『おやおや…。 相変わらず威勢が良いねぇ。仲間達の事は心配無用さ。 君がいるのと同じような部屋にいるよ。 ああ、それから君達が今どういった状況におかれているかを教えておいてあげるよ』
刹那、突然床が音を立てながら開きだす。
その下は、燃え盛る赤き溶岩が煮えたぎっていた。
ジタンは思わず後退く。
『いくらしぶとい君達でも、ここに落ちればひとたまりもないだろうねぇ』
高笑いするクジャに、ジタンは「てめぇ…!」と怒りたてた。
『まぁ、どういう状況か分かってもらえた所で、ちょっとお使いを頼もうと思ってるんだよ。 とりあえず、他の仲間の命の保証はしよう。 引き受けてくれるかい?』
「…ふざけるな!」
未だに怒り心頭のジタンにクジャは溜息をつく。
『まだ分かってないようだね…。 これでもまだ断る気かい?』
その声と共に、さらに床の穴が広がった。
それを見て、ジタンは舌打ちをする。
「仕方ねぇ…。 引き受けてやろうじゃねぇか」
『そうこなくっちゃね。 じゃあ、外に出たまえ』
その時、鉄の扉が開いた。
ジタンはしぶしぶ外に出る。
ジタンは小声で、シドに「シド、済まねぇが他の皆の事を頼むぜ」と呟く。
「うむ、ワシに任せておけケロ。 必ず無事に戻ってくるんじゃぞケロ!」
「ああ、分かってるさ。 じゃあな」
小さなカエルに別れを告げ、ジタンは一本道の通路を進む。
そこには機械仕掛けの黒魔道士達がいた。
「…ここにもこいつらがいるのか」
ジタンがそう言っても黒魔道士達は無言のままだ。
『二人の黒魔道士の中央に立つんだ』
クジャの言われたとおりにすると、黒魔道士達は魔法を唱えた。
そして、視界が開けた。
「ようこそ。 この素晴しい僕の館へ」
ジタンの目の前には、ゆったりと茶色のソファに寛ぐ、強敵の愚者の姿があった。
「そんな挨拶はどうでもいい! さっさと用件を話しやがれ!」
喚くジタンにクジャは溜息をつく。
「ずいぶんと、ご機嫌斜めのようだね…。 じゃあ、用件を話すとしよう。 君にはある場所に行って、ある物を取って来て欲しいんだ」
「勿体ぶってねぇで、それがどこの何かを言え!」
ジタンの態度に気に入らなかったのか、クジャは「…口の利き方には気をつけろ」と、いつもとは違う低音の声で言った。
「僕が君の仲間の命を預かっているのを忘れたんじゃないだろうな?」
「くっ…」
痛いところを突いてくる愚者に、ジタンは口を歪ませた。
「これから君に行ってもらう場所は、ウイユヴェールという忘れ去られた大陸のシアウェイズキャニオンの南方にある場所さ。 そこは僕には不向きな場所なんだよ…」
「…どういう事だ?」
「どうやら、魔法に対する結界が張ってあるらしくてね。 そこで、魔法も使えない馬鹿な君に頼みたいって訳さ」
「あらあら。 結界ごときで魔法も使えないなんて、お馬鹿さんなのはどちらですかねぇ」
まったりとした声にジタンとクジャは見開いた。
部屋の端にあった幕から出てきたのは…。
「リーズ!!」
「ジタンだけを特別扱いなんて、酷い事しますよね。 私だけ仲間外れですか?」
その言葉にクジャは眩暈がしたように思えた。
「…どうやって、ここに…」
クジャの問いに、リーズは微笑んだ。
「貴方、私を氷属性を使いこなす賢者だと思い込んでいるようですが、他にも属性魔法を使うことが出来るのですよ。 私を管理したいなら、気道を塞いで施錠をしっかりするとか、魔法を封印する部屋を用意しなければいけません。 …まぁ、あらゆる対処をしても私は全部解いてしまいますが」
クジャは後ずさりをして、魔法を唱えだす。
「交渉決裂だ…ジタン。 …君の大切な仲間を全員殺す」
「ちょ…!」
ちょっと待て、とジタンが止める前に、リーズは微笑んで「あらら」と言った。
「私が脱走しただけで、交渉決裂とは…。 お子様にもほどがありますね」
「もう止めてくれ、リーズ! これ以上、奴を挑発するな!」
泣き声になりそうなジタンに、リーズは未だに微笑んでいる。
「違いますよ。 私は交渉を決裂しに来たのではなく、ジタンのお手伝いがしたくてここに来たのです」
意外な言葉にジタンとクジャは顔を見合わせた。
「それなのに、脱走だの、交渉決裂だの、酷いですねぇ。 私の好意に誰も気がつかない…」
策士の寂しそうな顔に、クジャは溜息をついた。
「分かった。 君も特別にジタンと共に行かせてあげる。 ただ…そこでは魔法は使えない」
「それぐらい、分かってますよ」
「改めて。 ウイユヴェールにある、グルグストーンを持ち帰ってきて欲しいんだ。 君らにとっては簡単な「おつかい」だろう? 近くまでは豪華な船で送ってあげるから、その辺りは心配しなくていい」
「送迎まで、やってくれるなんてありがたいですね」
そこに、黒魔道士がやってきた。
ジタンは振り返り、クジャに「約束は守るんだろうな?」と言う。
「ああ、勿論だとも。 安心して行ってくるがいい」
愚者にそう言われ、ジタンは黒魔道士達が作った移動魔法の中へと入っていった。
「さて、私も行きますかね」
リーズもそう言い、黒魔道士達の移動魔法へと歩む。
が、すぐさま「そうそう。 私としたことが言い忘れてました」と、クジャに振り向いて言った。
「貴方、氷樹の主リヴァエラ神を狙うのは止めておきなさい」
図星だったのか、クジャは目を見開いた。
「図星でしたか。 これは警告です。 あの人を捕らえる事は、貴方の魂を葬ることになります」
愚者は無言のまま、その声を聞く。
「以前、私は一度だけ、あの人に逆らったことがあります。 命をも取られる覚悟でね」
「…そんな君が、何故生きているんだ」
「相棒の厚意がなければ、ここにはいませんよ。 あの人は恐ろしい王そのもの。 全てを善意によって潤わせ、何かあれば全てを捨てる。 己の思いこそが、己の考えこそが、絶対的存在価値。 あの人以上の策士を私は見たことがない」
そして、リーズも黒魔道士達の移動魔法の中へと歩いた。
「あの人から見れば、私もまだまだですね」
そう言い、移動魔法により、ワープしていった。
ジタンとリーズが移動魔法で飛ばされた先には巨大な豪華客船があった。
「これは…ヒルダガルデ1号機なのか?」
「なかなか大きいですね。 二人だけではちょっと勿体無いです」
まるで旅客者の気分なのか、楽しそうにリーズは言った。
ジタンはその船体に圧倒されながら乗り込む。
そして後に続いて乗るリーズに振り返ると、「そういえば、リーズ達の世界にもこんな大きさの飛空艇があるのか?」と、聞いてみた。
「ええ、これ以上大きいのも数機飛んでます」
「へぇぇ…。 だからあまり驚かなかったのか…。 でも、これ以上の大きさのものが飛ぶと、燃費が良くないんじゃないのか?」
「こういった動力源は、魔力ですから燃費は良い方です。 私達の世界は、別名『魔法王国』とも呼ばれていて、世界人口の7割が何らかの魔力を持っているので。 これくらいになると大体10人程度の魔力で十分です」
「これが、魔法の力で飛ぶっていうのか!? 凄えなぁ…」
異世界の意外な事が聞けた刹那。 飛空艇は飛ぶ準備をし始める。
リーズもジタンも乗り込み、やがて飛空艇は大空へと飛び立った。
中を見て回ると、黒魔道士達が飛空艇を動かしていた。
せっせと働く黒魔道士達にジタンは「おい、クジャは本当に信用できるのか?」と繰り返し質問してみるが。
黒魔道士達は無言で働いている。
「何を聞いても無駄でおじゃるよ」
「我々の命令以外には反応しないでごじゃる」
そこに現れたのは、かつて戦乱の中にいた…。
「あら、おじゃるさんとごじゃるさんではありませんか」
「「だから違うー!!」」
リーズのボケとも言える発言に、おじゃるさんとごじゃるさんと呼ばれたゾーンとソーンは必死に否定した。
「てめえら、ブラネの次はクジャの手先にでもなったのか?」
「人聞きの悪い事を言うでおじゃる!」
「こっちが悪者みたいな言われ方でごじゃる!」
「あ、余計な事は考えないほうがいいでおじゃるよ」
「仲間の命は保証できないでごじゃる」
ぺらぺらと喋るゾーンとソーンの言葉を聞き、ジタンは思わず舌打ちをする。
「そもそも、この黒魔道士共は、戦争の為に造られた道具でおじゃる」
「兵器として完成した黒のワルツらは、強い自我を持っていたでごじゃるが…ここにいる奴らは、命令に従うこと以外にはそう大した自我というものを持ってないでごじゃる」
「それに、こいつら量産型は用済みになると動かなくなるように造られているでおじゃる」
「こんな奴らは戦争以外に使い道がないでごじゃるからな」
「それに、こいつらは道具の癖に、命に対する執着心があるようでおじゃるな」
「滑稽な話でごじゃる。 所詮、道具は道具にしか過ぎないのでごじゃる!」
けらけらと喋り、笑う双子の道士に対して、ジタンは「…お前達だって、そんなに差がないと思うぜ」と、聞こえるように呟いた。
「…今、何と言ったでごじゃるか!」
「聞き捨てならないでおじゃる!」
「黒魔道士達に心がないと言うのなら、自分達のはっきりした意思のないお前たちもそんなに大差ないって事さ。 …何か間違った事言ったか? リーズ」
「いいえ、事実を言っただけのことでしょう」
二人の強敵に対し、双子の道士はイライラを募らせている。
「いずれ、その減らず口を聞けないようにしてやるでおじゃる!」
「後悔してからでは遅いでごじゃるよ!」
どちらが、減らず口を叩いているのか と、リーズは思ったが、これ以上言うのはやめた。
言えないのではない。こういう輩共に対しては面倒臭くなるだけだからである。
「まぁ、兎に角俺達は目的地に着くまで一休みさせてもらうとするか。 くれぐれも安全運転で頼むぜ」
ジタンはそう言うと、甲板にいた運転手に肩を叩き、飛空艇の中へと休みに行った。
それを追うかの如く、リーズもジタンの後をついていく。
二人の道士は地団駄を踏みながら、二人の姿を見ているだけしかなかった。
うーん、と背伸びするジタン。思わず欠伸をする。
まだ起きたばかりの眼を手指でかく。
刹那、部屋の入口からブランクの大声が聞こえた。
「生きてるかぁ~、ジタン」
「何だ、ブランクか」
「なんだよ、その「何だ、ブランクか」って。 俺じゃなくて女王様の方がよかったか?」
「別に…。 ダガーは?」
「なにやらこそこそと自分の部屋で何かしてたが。 その前に、リーズのお嬢ちゃんが呼んでたぜ。 大公の間に来いってな」
「そっか」といいつつ、ジタンは素早く身支度して、颯爽と大公の間へと足を運んだ。
そこにはブリ虫が似合い続けているシド大公と、文臣のオルベルタがいた。
「あれ、リーズは?」
「うむ。 まずは先日のアレクサンドリアの事件のことを話しておきたいブリよ。 色々と分かったことがあるブリ」
「他の皆さんは下の会議室に既に集まっておいでです。 直ぐにでも会議を始められましょう」
「ならば、始めるとするかブリ」
「では、ジタン殿」と、オルベルタに連れられ、大公の間から下の会議室に向かうジタン。
その間にシドは玉座ごと下に移動し、会議室では突然現れたシドの姿に驚愕した。
…無論、リーズとフレイア以外だ。
「「「!!」」」
「便利ですねぇ~」
ほんわかしたリーズの声を振り払うかのようにシドはこほんと咳払いをする。
「皆、集まったみたいブリな」
その言葉に、きょろりと周囲を見渡すスタイナー。
「姫様とベアトリクス殿が見当たりませんな」
「さっき、自分の部屋にいるとかいってたけど…」
「じゃ、エーコが探してくるね!」とジタンの情報を得て、エーコはぱたぱたと走っていってしまった。
「あ! エーコ…。 ま、いいか」
「とりあえず話を始めるブリよ」
――――――
そんなダガーはというと。
いそいそと何かを鞄に入れたりしていた。
不安そうにベアトリクスは見つめている。
「本当に…宜しいのですか?」
「ええ。 もう決めたことです」
「そこまで思い詰める必要はありません。 私一人でもアレクサンドリアを復興するようにできます」
ダガーは鞄に入れる作業を止め、ベアトリクスを見つめる。
「確かにその通りです。 私一人では貴方のようにアレクサンドリアを復興させることもできない」
「いえ…ガーネット様のお力が足りないわけでは―」
「でも、私は…私なりの事をしたい」
そういうと、ダガーは窓の外を見つめた。
「民はとてつもなく早い冬を乗り越えなければなりません。 それを芯から支えるのは国家であり、王の役目だと思ってます」
ダガーはベアトリクスに振り向き、にこりと微笑んだ。
「クジャの狙いと探索はリーズさん達に任せます。 私達は第一にアレクサンドリア国を支えることに勤めましょう」
――――――
その頃、会議室では話が続いていた。
「…しかし街には季節はずれに等しい雪が大量に降り、交通手段もままならない。 壊滅とはいかないまでも…麻痺状態になってるであります」
「うむ。 だが、多くの無関係な命が無残に奪われなかっただけマシブリ」
「ようやく、我がリンドブルムも復興してきておりますが、絶望の底に叩き落された国民が復興の為に立ち上がるまでにはかなりの時間を要しました。 これらの例よりマシとはいえ、生きる希望を持つ為には並々ならぬ活力が必要となります」
スタイナーとシドとオルベルタの言葉を聞きながら、困った様子でリーズは溜息をする。
「申し訳ありませんねぇ。 こちらの我儘でこんな事になってしまって」
我儘だけで、こんなことになるのか? とそこにいたほぼ全員が頭の中で呟く。
「しっかし『氷樹の主』だっけか。 あんな奴が他の世界にいたなんてな」
「うん…まぁね…」
複雑な顔をしているフレイアに対し、リーズはのほほんと口を開く。
「先程も言いましたが、私達は他の世界から来ました。 まぁ私はフレアとただ鑑賞に来ただけなんですけどね」
「そういえば…そんなチケット、誰から貰ったの?」
「貰ったのではありません。 奪ったんです、タイムさんから」
堂々と話すリーズに対して、思わずフレイアは溜息をした。
「タイムさん…とは?」
「時を司る存在だよ。 重要な人で惑星間を飛んで、時空を繋げたり、修正したりしてるんだ」
「そんな奴からよくも奪い取ったもんだな」
「のんびり昼寝してチケットを捨てていた人が悪いのです」
悪魔のような微笑みをしているリーズに、ジタンは「そ、そうですか…」と言うしかなかった。
「しかし、あのクジャという男…。 ブルメシア、クレイラに続いてアレクサンドリアまでも…。 奴の目的は一体何なのじゃ?」
「ああ。 許せないのはクジャの野郎だぜ!」
「しかし、アイツの力を見ただろう? あの強大な力にどうやって立ち向かうつもりなんだ?」
「それはフレイアとリーズがばしーんとだな―」
倒してくれるよ、とでも言いたげな顔だったからか、フレイアはジタンの腕の皮膚をつねった。
「そんなことはもう出来ませんよ~。 あの一件でこの世界の主にどれだけの負担をかけたか…」
「主? この世界にもいるのか?」
「いなければ、私達のチカラでクジャ如きばしーんと倒せれましたけどね」
ふぅ、とリーズは周囲を見渡した。
「私達は主を守る、言わば守護神という存在です。 常に豊富な知識を持ち、他の世界をも守護できるように。 そして永遠にそれを出来るように不老不死の存在として主である神と契約を交わしているのです」
「世界はね、神の卵である中心核から創造されるんだよ。 そして中心核から神が…神獣が生まれたその瞬間に世界が出来上がる構成になっているんだ。 君たちのこの世界も同じ風にして生まれたんだよ」
「そして神獣はある時を境に、融合してくれるヒトを探し出し、融合する。 それこそが『星の民』と呼ばれる存在です」
さらさらと話される膨大な会話に呆然と全員は聞いていた。
一人だけ、ジタンは手を上げる。
「じゃあリヴァエラ神って奴も『星の民』っていうもんなのか?」
「いいえ。 もっと上を行く存在ですよ」
「今言ったのは世界が生まれたての事なんだけど、この世界も私達の世界ももっと遠い昔に出来上がったものなんだって」
「それらは強大な存在です。 指先一つで世界を自分の思うがままに操ることだってできます。 それらの事を『始祖神』と私達は呼んでいます」
「アレクサンドリアが大量の積雪に見舞われたのも…強大なチカラでそうなったわけか…」
そう言いながらもジタンはあの存在を思い出していた。
ヒトの形でありながらもヒトではない存在。
そんな、なんでもありな存在を目の前にして、良く命だけ無事でいられたものだ、と感心した。
「話を元に戻すとして、そのクジャなんじゃが…ワシはアレクサンドリアで信じられない光景を見たブリ!」
「一体何を見たっていうんだ?」
「『氷樹の主』が出現した直前に、ヒルダガルデ1号に乗って逃げたブリ! しかもヒルダガルデ1号には黒魔道士兵が乗っていたブリよ! それもただの黒魔道士兵じゃないブリ! 普通に喋っていたブリよ!」
その報告に酷く驚愕していたのはビビだった。
「…そ…そんな!!」
「まさか、黒魔道士の村の…おっさん、本当なんだろうな?」
「この目ではっきり見たブリ! 間違いないブリ!!」
「そんなの…信じられるわけないよ!!」
焦燥しきっているビビ。
そんな時、そこにエーコが飛び込んできた。
様子を見ているとなにやら騒ぎながら慌てている。
「大変! 大変! たいへ~ん!」
「エーコ…何を騒いでいるんだ?」
「ダガーが…ダガーが…」
「…!? ダガーがどうかしたのか?」
冷静な口調でエーコに話しかけるが、相当急いでいるのか、慌てふためている。
「とっ…とにかく早く来て! ダガーは客室にいるわ」
「あ、おい! エーコ! 俺、ちょっと様子を見てくる!」
「じ、自分も行くであります!」
「私も様子ぐらいは見に行きますか…」
4人、ぱたぱたと会議室を後にする様子を見て、シドは「会議は一時中断したほうがよさそうブリな」と文臣に話しかける。
「そうですな…。 皆さん、ここは一時解散としましょう。 後で使いの者を立てますので」
「ダガー!!」
ばたんと物凄い勢いで、ダガーがいた部屋の扉が開く。
急いで入ってくる4人をダガーとベアトリクスはぽかんとした顔で見ていた。
「どうしたの? ジタン」
「どうしたもこうしたもねぇよ!」
ふと、ジタンは足元を見る。そして部屋の様子を見た。
なにやら整理されているように見える。
それらが表すのは…。
「…ダガー…、何処に行くつもりなの?」
「帰るの」
「帰る!? 帰るって…」
「もちろんアレクサンドリアよ。 ね、ベアトリクス」
「その通りでございます」
「帰ってどうするつもりなんだよ! あんな状態じゃ…」
「分かってる。 でも私はもう決断したのよ」
そう言いながら、ダガーはちらりとリーズを見る。
リーズはにこやかに微笑んでいた。
「わ…私を置いてで…ございますか、姫様…」
「スタイナーはジタン達についていって欲しいの」
「私では力不足でございますか!」
「そうではないわ。 確かにアレクサンドリア国の最強男女兵士がいると心強いけど。 でも、これからジタン達はクジャを追わなければならない。 その時にクジャは最高峰の罠を仕掛けてくるかもしれない」
ダガーはじっ、とスタイナーを見つめる。
「皆もいるし大丈夫だとは思うの。 でも…なにか保険が欲しいと思っている」
「…姫様…」
呆然としているスタイナーを見ながら、旅支度を済ませてダガーとベアトリクスは後にする。
「ダガー…」
「大丈夫。 アレクサンドリアが落ち着いたら、また皆と合流するから。 それまで皆を宜しくね、ジタン」
――――――
その頃、クジャはヒルダガルデ1号に乗って自らの拠点としている場所に戻っていた。
「くっ、危うく殺されるところだったよ…」
ぽつりとクジャは呟き、苦笑する。
「殺される? 馬鹿な話だ。 そんな事がある訳がない」
そんな壮大な独り言を言っている時に、クジャに取り入った双子がやってきた。
「どうしたでおじゃるか?」
「酷い怪我でごじゃる!」
「うるさい! …アレクサンダーがダメなら、その代わりになるものを手に入れるまでの事」
そう。クジャははっきりとこの目で見ていた。
破戒光線で腐ったアレクサンダーの亡骸の上に佇む氷結晶。
今なら夏真っ盛りの暖かい季節を一変させた、あの強大なチカラ。
死にそうになるほどの身震いをあのときに感じた。
あれさえ手に入れれば“アイツ”など…。
そう思いながら後ろからついてきた黒魔道士を呼んだ。
「234号です…」
「お前の番号など聞いていない! あの計画の準備はもちろん出来ているんだろうね?」
恐怖の笑みをしている愚者に黒魔道士は少々身震いしながらこくりと頷いた。
「まあ、当然だね」
そう言い、クジャは微笑する。
計画は始まった。もう誰にも止められやしない。
“アイツ”にも…そして手に入れそこなったあの二匹すら…。
「まだまだ彼らには踊ってもらわないと困るんだよ…。 僕はしばらく体を休めるが、手を抜くんじゃないぞ!」
――――――
「って事は、おっさんのブリ虫の姿は、怒った嫁さんにかけられた魔法の所為だったのか!?」
大公の間に響き渡るジタンの声。
ダガーが自国に帰って翌日。話があるとシド大公に言付けされ、ジタンとリーズとスタイナーは向かったのだが。
「…格好悪い話ブリが、ワシのスケベ心からこんな羽目に…」
「それはブリ虫さんの自業自得と言わざるをえないですね」
「しかし、何故ヒルダガルデ1号がクジャの手に渡ったのでありますか?」
「問題はそこブリ!」と、先程までスケベ心で反省していたブリ虫はビシッと手をあげる。
「きっとクジャが自分の野望の為にヒルダごと飛空艇を奪ったに違いないブリ! 何とかして奴から飛行艇とヒルダを奪い返して欲しいブリ!」
その言葉にリーズは溜息をつく。
「一国の王ともあろう人が情けない話ですよねぇ…。 まぁなんとかしないといけませんが」
「でも、相手は飛空艇だぜ? 何処に行ったかも分からないし、追いかけることも難しいんじゃね?」
「2号機も結構無理してしまったからのう…。 この身体では新たな飛空挺の建造の指示もおろか、メンテナンスすら難しいブリ。 何とかして人間の姿に戻りたいブリが…戻す方法はヒルダしか知らないブリ」
その言葉で、知識の守護神に全員の目がいった。
その視線に困った顔で「あらあら」とリーズは言い、苦笑する。
「私では治療不可能ですよ。 本来、呪いというのは呪術者と呪者の間に接点がある場合に使用するもので、無関係で尚且つ術者と呪者の事を何も知らない第三者が呪いを解くことは出来ないんです。 もし、解いて欲しいのなら夫婦共々洗いざらし…あんなことやこんなことも聞かざるを得ませんが…」
あんなことやこんなこと、という言葉を聞いてシド大公は「いや…やめておくブリ…」と小さく言った。
「オルベルタ、何か良い知恵はないブリか?」
「はい。 左様な事もあろうかと、ドクトル・トット殿をお呼びしております。 まもなくお着きになるかと…」
「お待たせいたしましたかな?」
丁度のところで来たのか、トットはのんびりとした口調で言った。
「これはこれはトット殿。 ご多忙にも関わらずご足労頂き…」
「いやいや。 お気になさらないで下され。 先日の事件も噂には聞き及んでおりますが、それにしてもよくぞご無事でおられた」
「それで、トット殿…。 お呼びした件で御座いますが…」
――――――
リンドブルムの港である水竜の門ではある小さな小さな事件が勃発していた。
それは海から流れ着いている漂流物から始まる。
見張り役の兵士とさぼっている兵士はうんざりした顔でそれを見ていた。
「おいおい…こりゃ、やばいんじゃね?」
「ああ。 もう死んでいるのかもな…。 それにしても、何なんだよこれは」
刹那、後ろから二人の兵士の隊長が「仕事さぼって何をしておる!」と、声をかけてきた。
「た…隊長殿! そ…それが、変なモノが漂着したのですが…」
「どれどれ、俺に見せてみろ。 こう見えても、昔は海の男だったんだぜ。 水の事故の対処法には自信があるんだ」
じっ、と隊長はその漂流物を見つめた。
だが、全くもってそれはぴくりともしない。
隊長は部下に向かって話しかける。
「…こりゃあ、死んでるな…。 おい、医者を呼んで来い。 死亡を確認してもらわないとな」
刹那。その言葉に反応したのか、漂流物はむくりと突然起き上がった。
それを偶発的に見ていた部下達は慌ててその場を去っていく。
その哀れな姿を、素早い対応だと勘違いした隊長はうんうんと頷いていた。
「珍しく素早い行動じゃないか。 俺もいよいよ貫禄がついてきたかな」
そう言い、振り返る。
先程まで死んでいたと思っていたモノが起き上がって色々と動いている。
しかも頭に海藻類が沢山ついていたからか、大分不気味に見えたのか、隊長も悲鳴をあげて逃げていってしまった。
漂流物は何故皆逃げてしまったのか分からないまま、呆然としていた。
そして自身のお腹が盛大に鳴っている音を聞き、「腹減ったアル」と呟いた。
―――――
そんな小さな事件が起こっていることも露知らず。大公の間ではトットの診断が続いていた。
「トット殿。 どうブリ? 元に戻す方法はあるブリか?」
「…リーズ殿が言う通り、魔法で姿を変えられた場合は、その魔法をかけた本人でないと元に戻せぬのですが…」
その言葉にジタンはがっくしと肩を落とす。
「ただ、かなり昔に読んだ書物に、呪いによって姿を変えられてしまった人間を元に戻す方法が書いてあったと記憶しております」
一つの希望のようなものが見えたブリ虫の大公は「おお、それは本当ブリか!?」と、興奮気味である。
逆にリーズはその言葉を聞き、ただただ苦笑していた。
「まぁ…書いてあったのは確かなのですが、面白おかしく書いている書物でしたので、あまり信用できるものでは…」
「そう面白おかしく書いてあるのであれば、命に別状はないですよね?」
リーズの問いに対し、トットはこくりと頷いた。
「はい。 3つの薬品を調合したものを直接身体にかけるだけですので、失敗したとしても何も起こらないと思われます」
「おっさんが死なないなら、何でも良いさ!」
ジタンの滅茶苦茶な意見にシドはげんなりした。
「…他人事だと思って滅茶苦茶な事を言うブリな…」
「その3つの薬って…水酸化カリウム・塩酸・酵母のことじゃないですよね?」
「おお、リーズ殿の言うとおりですぞ。 それを5:2:3の比率で混ぜるのです」
「それらは昔に術者が良く使っていたものですな。 どれも特に珍しい薬品ではないようですが?」
「私もそれが気になっておりましてな…。 ただ、今では殆ど使われなくなった薬だけに、現在入手できるかどうか…」
「確か、水酸化カリウムっていうやつはシナが持っていたような気がするな…。 とりあえず町に行って探してくるぜ!」
ジタンはそう言い、町に出かけていった。
「しかし、リーズ殿もあの本をお読みになられているとは…」
「いえ。 昔、錬金術に興味を持って調べつくしてみただけです。 でもあの本…」
その本の様々な内容を思い出したのか、苦笑するリーズ。
「あんまり良い評価は出来ませんでしたので、すぐにゴミ箱に捨ててしまったんですけどねぇ…」
―――――
10分後。
ジタンは1つのビンを持ちながら「待たせたな!」と言い、戻ってきた。
「3つの薬はこの瓶の中にいわれた通りの比率で入れてあるぜ!」
ドクトル・トットはその瓶を丁寧に受け取り、シド大公に対して「では早速試して見ましょうかな」と言った。
「う、うむ。 ひと思いにやってくれブリ!」と、何故か緊張している大公。
「別に殺そうって訳ではないんですけどね」
5人が見守る中、シド大公はキラキラした液体を振り被る。
突如としてシド大公は光に包まれた。
そして、そこから出てきたのは…。
「どうじゃ。 元に戻れたケロ?」
呆然と見つめる5人。
5人の様子を見て、それは、「…ん? 何か様子がおかしいケロ?」と疑問符を出している。
「やっぱりダメでしたね」
リーズはそう言い、それに対し鏡を差し出してみる。
それはそれの姿を見て、目を真ん丸くさせた。
「カ…カエルだケロォォォ!!」
驚愕と怒りがこもった悲鳴は大公の間に響く。
「な…なんとした事か! 今度はカエルのお姿になられたとは!!」
カエルの姿をした大公はぎりっと口を噛み締め(ている風に見える)、「ええい! このままでは埒が開かん!」と叫んだ。
「こうなったら意地でもヒルダを探しに行くのじゃ! ワシも連れて行け! 全員会議室に集めるケロ!」
怒りと悔しさに爆発するカエルの王様に対し、5人は溜息をつくばかりだった。
―――――
再び会議室に収集された全員はブリ虫からカエルになったシド大公に驚愕した。
「何と! 今度はカエルのお姿に!?」
「何とかして人間に戻ろうとしたが、失敗してしまったケロ…」
「まぁ、ネタみたいな本ですから、失敗しても仕方ないものですよ」
リーズは苦笑しながら言った。
それを無視して、カエルの王様は握りこぶしを作った(ように見える)。
「…とにかく! 今、全ての鍵を握っているのはクジャだケロ! 何とかしてクジャを探すのじゃ!!」
「しかし、飛空艇はメンテナンス中ですぞ?」
「空がダメなら海しかないケロ! オルベルタ! ゼボルトにあの船の整備をさせておくケロ!」
シドの命令に文臣は応じ、会議室から素早く出て行った。
「で、一体何処へ行くつもりなんだ?」
「そうなんじゃケロ。 それが問題じゃケロ」
その問題に対し、手を上げたのはビビだった。
「昨日、普通に喋る黒魔道士達が飛空艇に乗ってたって言ってたよね?」
ビビの問いに、こくりとリーズは頷き、「その黒魔道士の村へ行けば何か分かるかもしれませんね」と言った。
「それに、僕は自分の目で確かめたいんだ! 本当に皆がクジャに手を貸すような事をしているのか…本当の事を知りたい!」
「そうだな。 ここは手がかりを得る為にも黒魔道士の村に行くのが得策だな」
「うむ! それでは船に乗って黒魔道士の村に向かうケロ!」
―――――
船の名はブルーナシアスという名前らしい。
きっちり整備されている船体にジタンは感心していた。
そこに海藻まみれになっているク族が「待っていたアルよ!」とジタンに話しかけてきた。
「ん? クイナじゃないか! どうしたんだ?」
「ワタシ、ジタン達待っていたアルよ! 皆に会う為に旅を続けたアルよ!」
マダイン=サリ以降の久しぶりの再会にクイナは泣きじゃくっている。
「山を越え、海を越え、地下水脈までも流れ流れて此処まで来たアル」
ある意味恐ろしい執念のクイナに対し、ジタンは「そ…そりゃ、また大変な旅だったな…」とたじろいた。
ブランクは溜息をついて「変な奴もいたもんだな…」と言った。
「ん、ブランクは一体なんでまた船に乗ってるんだ?」
その言葉にブランクは頭を掻きながら「ちと、頼まれちまったもんでな…」と言った。
「ワシじゃケロ!」
急にシド大公はジタンの懐から飛び出して叫んだ。
珍しいカエルにクイナは驚愕しているようで、目を白黒させている。
「お主達が船を離れて行動する間、ただ船を置いておく訳にも行かないケロ!」
「ま、それにお前等には借りがあるからな…。 特にそこの緑色の女性には」
「借りだなんて…。 あれはフレアの暴走のお陰ですよ」
困った顔をしているリーズだが、まんざらでもない様子で微笑んでいる。
「それでは出発ケロ!」
「あんまり何でもかんでも張り切るなよ。 まだカエルなんだから…」
「心配は無用ケロ!」
張り切ってケロケロ言っているカエルの王様に対し、クイナは「食べられるアルか…?」と呟いている。
そんなクイナの様子を見て、苦笑しながらリーズは「食べても美味しくないですし、お腹を何ヶ月も壊す羽目になりますよ?」と親切に助言をした。
二人とも傷ついており、疲れきった顔をしていた。
「大丈夫か…? ベアトリクス」
「ええ、私なら大丈夫です。 しかし…」
女騎士ベアトリクスは困惑していた。
敵は目の前に五体。しかも一匹一匹が強力な攻撃を仕掛けてくる難敵だ。
ここで食い止めなければいけないのだが…例え、一度城へ引き返したという選択肢をしても大量の敵がいることはここにいても想像できる。
ちらりとベアトリクスはスタイナーを見る。
(スタイナーもかなり負傷している。 私の回復魔法でも…二人分はきつい…)
最悪のパターンを想像している刹那。
「ベアトリクス!」と、スタイナーはベアトリクスに対し声をかける。
「お前と言葉を交わせるのは、もしかするとこれが最期になるかも知れんぞ!」
「もとより覚悟は出来ています!」
そういうと、ベアトリクスは目の前にいた魔獣を愛用している長剣でなぎ払う。
刹那。
「ベアトリクス、後ろ!」
スタイナーの叫び声に、ベアトリクスは後ろを振り返る。
そこにはベアトリクスを文字通りに潰さんとする魔獣たちの姿があった。
時が止まったかのように目を見開くベアトリクス。
そしてそこから大量の土煙が舞い上がる。
「ベアトリクス!!!」
スタイナーは悲鳴を上げる。
先程のベアトリクスと交わした言葉をふと思い出してしまった。
(違う…違うのだ…。 「最期」はこんなのでは…)
呆然とするスタイナー。絶望に浸りそうになった刹那。
何かが土煙から天空へと飛び出した。
それは黄金の星のようなもの。否、違う。
竜だ。
黄色く輝く身体、両腕には翼のような毛が覆っており、長い尾が蠍のように上に曲がっていた。
その長い尾からばちばちとした音がし、どぉんと強大な雷が魔獣に打ち込まれる。
文字通り離散する魔獣達に対し、スタイナーは呆然としていた。
そんな男騎士に対し、「大丈夫かよ、おっさん」とスタイナーにとっては何か懐かしい声が聞こえてきた。
「お前達は…」
土煙から出てきたのはジタンと以前一度だけ面会したことがある少女フレイア。
「お姉さんも無事だよ。 ね、サンドラ」
先程の竜はフレイアに対し、こくりと頷く。
ベアトリクスは後ろに乗っており、スタイナーは潰される前に竜に救われたのだとそこで始めて理解した。
「ありがとう、サンドラとやら」
お礼を言いながら竜サンドラから降りるベアトリクス。
恥ずかしがり屋なのか、サンドラは『…いや…いい…』と小さく呟いた。
その声は幼げな少年のような大人びた青年のような。
「ごめんね、サンドラ。 急に召喚しちゃって」
『…大丈夫。 …暇だったから』
「ふーん。 でもそれ、この前も召喚した時言ってなかったっけ?」
『…たまたま、だ』
「まぁこっちとしては嬉しい限りだけどね」
『でも、もう帰る。 ここは嫌だ』
「ん…どうして?」
『…天地が歪んでる…』
そう言うと、サンドラは光り輝き、消えていってしまった。
(天地が歪んでいる。 地には「あの人」のことだと推定すると…天は…?)
考えふけるフレイアに、ジタンは声をかける。
「どうしたんだ? フレイア」
「う…ううん。 なんでもない。 城へ行かないと!」
「そうだったな。 ベアトリクス達はどうする?」
「私達はここで魔物を足止めしなければ…」
「いや、自分達も一度城へと戻ろう」
感情にひた走るベアトリクスに対し、スタイナーは冷静に言った。
理解が出来ないベアトリクスは「どうして…」とスタイナーに問いかけた。
「自分達が無理をしたら結果的に城まで魔物に攻め込まれる可能性が高い。 それにベアトリクスだって限界がある」
「私は大丈夫です!」
「大丈夫じゃないから、咄嗟の判断も鈍ってサンドラに助けられたんじゃないの? お姉さん」
「それに4人でいればそれすらもカバーできるし、ベアトリクスの専売特許の回復魔法もフレイアは使えるからな。 一度戻って戦闘態勢整えた方が良いんじゃないか?」
3人に説得され、ベアトリクスは溜息をついた。
「…仕方ありませんね…一度戻りましょうか」
――――――
ジタン達がアレクサンドリア城に向かう同時刻。
一足先にシガンとエーコはヴァシカルに乗って城前の広場に辿り着いていた。
シガンとエーコを降ろしたヴァシカルは、その姿のまま城下町の方へと戻っていった。
そんな後ろ姿をエーコは見つめ続ける。
シガンは軽い足取りで城の中へと向かっていく。
それを追いかけながら、エーコはシガンに「どうしてリーズは戻っていったの?」と問いかける。
「やるべき事があるからだ」
「…やるべき事?」
「一つはフレアのチカラの放出をとめるため。 無駄にチカラを使いすぎているからな。 そしてもう一つは、あの黒竜を沈ませる為」
「バハムートを!? そんなこと出来っこない!」
エーコのその言葉にシガンはぴたりと足を止める。
「バハムートは最高峰の召喚獣なのよ! フレアという子もリーズっていう女の人もどんな能力があるかは分からないけど…無理なものは無理なのよ!!」
「我らを甘く見るな」
シガンはエーコに冷たい一言を浴びせる。
そんな冷静沈着なシガンに対し、エーコは抵抗する。
「貴方は何者なの…? ううん、貴方だけじゃない。 貴方もフレアもリーズもフレイアも…! まるで私達召喚士とは違う…」
抵抗してくる小さき者に、シガンは溜息をつく。
「…今はそんな事を言っている場合ではないだろう? もう時間がないのはお前もわかっている筈だ。 この機を逃したら、この城は…」
「分かってるけど…。 でも、この城や町が救われて決着がついたら…教えてくれるよね?」
「…ああ。 教えてやる」
そう言い、シガンは再び歩み始めた。
エーコも追いかけるように早足で歩く。
城の中にはいると、二人の目に飛び込んできたのは、広間に倒れている一人の女性。
「ダガー!」
気を失っていたのか、ダガーはゆっくりと目を開ける。
「ん…シガンさん…エーコ…?」
「大丈夫のようだな」
シガンの声に安心したのか、ダガーはゆっくりと身体を起こした。
「何があった?」
「それが…」と、シガンにフレアの豹変振りを伝えようとした刹那。
突然、ごぉぉん と、大きな鐘の音が鳴った。
ある筈のない鐘の音にダガーは戸惑う。
刹那、がしっとダガーの手を握るエーコ。
「…エーコ!?」
「召喚士が呼ばれている。 行こう、ダガー!」
「え…ちょ…」
何かを言おうとするがエーコが引っ張ってくる力が強力で抵抗すら出来ない。
訳も分からず従うしかないようだ。
そんなエーコ達を見ながら、シガンは溜息をついた。
そして、シガンはゆっくりと先程の広場へと引き戻っていったのである。
訳も分からず頂上に辿り着いたエーコとダガー。
だが、いつも見ているような頂上ではない。
なにか祭壇のような建築物が出来上がっており、そこに登るらしい階段も出来上がっていた。
まるでいつもそこにあったかのように…。
エーコに引っ張られるがまま、祭壇に登るダガー。
刹那、エーコとダガーの周囲に不思議な光があふれ出す。
「ダガー! この光はね、あたし達召喚士の運命の光なのよ!」
「…運命の…光?」
未だに戸惑うダガー。戸惑いながらも、何かを成し遂げなければいけないという使命感が少しずつ出てくる。
周囲は赤と黒に覆われており、遠くからは獣の遠吠えが聞こえる。
「この光こそが4つの宝珠に隠された力なのよ! この光がね、召喚士の周りに現れた時、その召喚士は聖なる召喚獣に呼ばれているの! 召喚士の運命を全うしなければ!」
「でも私…。 どうしたらいいか分からないわ…」
「大丈夫! エーコの言う通りにして! まず手を合わせるのよ!」
エーコの小さな両掌を重ねるように合わせてみる。
「そう! そして、心の中でこう呟くの」
『我らの守護神よ。 大いなる守護神よ。 此の地の光が途絶えし。 此の地に闇が訪れし。 我らの守護神よ。 聖なる守護神よ。 神に仕ふる者の祈りを聞き届けたまえ』
――――――
炎獣は悔やんでいた。
燃え盛る家々の中、足が身体が言うことを聞かなくなってきた。
目の前には全てを破壊尽くさんとする黒い竜。
何かにマインドコントロールされているようだが、それを解除する術がない。
さらには、住民全てを「死」のチカラで別の場所に移動させたものの、それが足かせとなり、苦戦してしまう結果になっている。
炎獣は悔やんでいる。これではこの場を守りきれない、と。
諦めかけたその時。
何かが遠くから飛んでくる気配がした。
それは久しいような、懐かしいような氷の大鳥。
威嚇の電光石火が決まり、黒い竜は大きく怯んだ。
『全く、こんな所で一体なにをしてるんですか…!!』
怒り心頭の氷鳥に対し、いつもの声に炎獣は泣きそうになる。
『…すまない』
『こんな奴に苦戦までして、さらには「死」のチカラまで発動させて…。 お父様がお怒りを越えて呆れてましたよ…!!』
『…すまない…って…え…お父様…?』
『これで「あの人」まで来たら謹慎中の謹慎になりかねません。 ああ、可哀相なフレアさん』
『ちょっと待て…。 …父さんも来てるの?』
『大当たりです。 私も驚いたんですけどね。 依頼されて、色々と調査をしていたようです』
『…そう、なんだ』
『まぁ、怒られるのは後にして。 こいつをちょちょいと倒しちゃいますから。 もうこれ以上チカラを使わないで下さいね』
『…うん…分かった』
炎獣が大人しくなったその時だった。
遠くから溢れるほどの光が満ち溢れてきた。
一瞬、朝日かと思ったが違う。
城が大きな翼を広げていたのだ。
そしてそこから溢れんばかりの光線が放たれた。
その標的となったのが黒い竜。
黒い竜は逃げ戸惑いながらその光線から逃れようとする。
だが、その光線は途切れもせずに獲物を捕らえるかのように黒い竜に命中させていく。
聖なる光に囚われてしまった黒い竜は何も出来ずに離散する。
炎獣と氷鳥はその恐ろしい力を目の当たりにして、身構える。
それを察知したのかどうかは分からないが、大きな翼は炎獣と氷鳥まで伸びていく。
そしてその翼で炎獣と氷鳥を癒し始めた。
炎獣と氷鳥はそんな行動に対し、戸惑いながらも目を瞑ることにした。
――――――
それを静かに見ていた愚者は微笑んでいた。
「美しい。 美しいよ。 あれが伝説の召喚獣、アレクサンダー。 その輝く翼で全てを守る存在…」
愚者は静かに微笑した。
「そして、聖騎士オーディーンと対峙しても尚、怯むことがなかった炎の獣。 さらには最初は興味がなかったけど、恐ろしいチカラで全てを凍りつける氷の大鳥。 バハムートすら凌ぐ3つの力…僕は君たちをずっと待っていたんだ。 君たちを迎えに魔法の馬車を呼んでおいたよ。 気に入ってくれると嬉しいけどね」
そして愚者は魔法の馬車を呼ぶ為に手を天に伸ばす。
「さあ、来い。 インビンシブル!」
その掛け声と共に天空が突然光りだした。
癒され続ける炎獣と氷鳥。
暖かい声。そして…。
刹那、何かどす黒い気配を感じて、炎獣は天を見上げた。
そして氷鳥を翼の外へと頭突きで蹴飛ばした。
ひゅん、と地表に落ちていく氷鳥。
空は紫の輝きを増す。そしてそこから巨大な眼が現れ、眼から発せられる怪しい光線がアレクサンダー、そしてその中に包み込まれている炎獣へと注がれる。
怪しい光線の影響なのか、ぼろりぼろりと崩れていくアレクサンダー。
そしてそこからぽとりと落ちてきたのは、すっかり幼くなってしまった少女の身体。
「フレア!!」
シガンはそれを見ていた。咄嗟に小さくなってしまった愛娘の身体を抱きかかえる。
ぎゅっとシガンはフレアを抱きしめた。
刹那、シガンの口から咆哮が上がった。
そしてその瞬間、シガンから強力な「氷」が一直線に天に届かんばかりに駆け巡る。
――――――
すっかりぼろぼろになってしまったアレクサンダーの祭壇にいた二人の召喚士。
刹那、「氷」が一直線に、アレクサンダーを真っ二つにするかのごとく直線に駆けていく。
「な…なにこれ…」
動揺するエーコに対し、ダガーの「エーコ! 大丈夫!?」という声が聞こえた。
「うん…大丈夫だけど…」
上から、べきべきと何かが形成されていく音がした。
エーコもダガーも思わず上を見る。
赤い眼が、エーコとダガーを見下ろしていた。
恐怖で、思わず後ずさりするエーコとダガー。
『ダガー! エーコ!』
ダガーにとって懐かしい声が聞こえた。
「バッシュさん!?」
『早く乗って!!』
訳も分からなかったが、ここにいるのは危険だと察知して、エーコとダガーはバッシュの声の通りにする。
先程の「氷」が形成されるのを見ながら、旋回するバッシュ。
「バッシュさん、あれは何なんですか…?」
『まさか「あの人」が直々に来るとは思わなかったけど…。 あれは…』
――――――
「なんなんですか、あれは!」
城下町の端、城との境界線にいたジタン達。
すっかり「氷」に覆われた城を見て、ベアトリクスは悲鳴を上げた。
「アレクサンドリア城が…氷に覆われている!?」
ジタンは、ふとフレイアを見た。
いつもは余裕綽々しているフレイアが珍しく身震いしているのだ。
「…フレイア?」
「あれは…まさか…そんな…」
「フレイアは知っているんだな…?」
ジタンの声に、フレイアはこくりと深刻そうに頷く。
「あれは…氷樹の主」
「氷樹の…主?」
「うん…。 私達の…世界の神様」
「私達の…世界?」
「…うん」
フレイアの驚愕の発言にジタンは呆然とする。
――――――
『正式名はリヴァエラ=リヴァイス。 氷樹惑星アースという世界の王。 つまりは神でもあり、主でもある存在』
フレイア同様の説明をしているバッシュ。
「そんな人が何故…」
『恐らくは怒っているのでしょうね。 大切な曾孫に対して、あんな事をされたのだから』
ぺきぺきと形成されていく身体を見て、バッシュは溜息をついた。
「曾孫って…フレアの曾お爺様ってこと!?」
『そういう事。 …そろそろ攻撃に移るようね…』
そう言うと、バッシュは旋回するのをやめ、地表へと降りることにした。
――――――
氷樹の主は天空を見つめた。空に、何かある。
忌々しいそれを落とす事にした。
身体を蛇状にし、形成する。
天に向かって、獲物を飲み込む大蛇のように一直線に獲物を掴み取る。
だが、地に落とすことは出来そうにもないことをそこで理解した。
やはり、この世界ではこれ程の力しか出ない、か。
仕方、ないなぁ…。
そう思い、掴んでいた口を離し、威嚇用に強力な氷のブレスを吐いた。
それが効いたのか、空にあった物体は彼方へと消えていってしまった。
ふと、フレアの事が心配になった。
行かなければ。そう思い、氷樹の主は地表へと歩みを見せる。
――――――
急いで城の広場に来たジタン達。
そこにはすっかり小さくなったフレアとそれを抱えているシガンの姿があった。
「シガンおじさん! フレアお姉ちゃん!」
ぱたぱたとフレイアはシガンの傍に駆けていく。
小さくなってしまったフレアを見て、思わずフレイアは「うわぁぁん!」と、泣いてしまった。
「ごめんなさい! お姉ちゃん! ごめんなさい!」
わんわん泣くフレイアに対し、少し冷静に「命に別状はない…。 …大丈夫だ」と慰めるシガン。
「…申し訳ありません、シガンさん」
広場にエーコとダガーを降ろしたリーズは思い責任を感じ、シガンに対し謝罪する。
「守る筈の私が逆に守られてしまった…。 こんな私なんて…―」
【仕方ないさ。 皆、独断的にだけど頑張ったのだから】
頭に響き渡る声。若い男の声だ。
そこにいる全員がその人を見つめた。
真っ白な長い髪に、赤い瞳が特徴的で、白い服を着ている男。
(これが…氷樹の主…)
ごくりとジタンは唾を飲み込む。
そんな人間の様子など見向きもせずに氷樹の主はシガンに歩み寄る。
【フレアを見せて】
「…ああ…」
シガンはそういうと、抱きかかえていたフレアを氷樹の主に渡す。
抱きかかえるだけでも分かるのか、数秒で【…うん…】と頷いた。
【フレアは頑張りすぎたみたいだ。 少なからずはあの光線の影響はあるものの、「封印」には影響はない】
「封印」という言葉に、シガンはほっと胸を撫で下ろす。
【でも、このままフレアを放って置くわけにはいかない】
「…帰るのか?」
【ああ。 でもお前もだぞ】
「分かっている、が。 こいつらはどうするつもりだ」
そう言い、シガンは後ろを見た。
ジタンやエーコ達はびくりと身体を震わせる。
「彼らは私達に相当以上に関わってしまった。 しかも…私達の事をフレイアとリーズは少しながらも話したようだ」
【別に「契約」上の影響はない。 それに彼らと私達の目的はだいたい一致している。 フレイアには引き続き、「契約」の遂行を行なってもらう】
「…いいの?」
先程まで泣いていたフレイアが呟く。
【但し、「契約」の事は話さないように。 それだけはトップシークレットだから】
「うん…分かった」
【リーズ。 お前はどうする?】
氷樹の主の問いかけにリーズはびくりと身体を震わせる。
「私は…」
ぼろぼろになってしまった相棒を改めて見る。
そして、決意した瞳で氷樹の主を見た。
「残ります。 残って、彼らを守りたい。 きっと…フレアならそうする筈ですから」
リーズのその言葉に満足気に微笑む表樹の主はこくりと頷く。
【そうか…。 分かった。 じゃあ私達は帰ろうか】
そう言うと、氷樹の主とシガンは光り輝き、消え去っていった。
嵐のように去っていった神に対し、呆然とするしかない7人。
ふと、空から何か白いものがふわりと降ってきた。
「これは…雪か?」
「ええ。 恐らくは強力な冷力でこの場の環境も歪んでしまったのでしょうね」
リーズはそう言い、溜息をついた。
長い長い夜がもうすぐ明けようとしていたが、白い輝きに覆われ、人々は時間が一時的に分からなくなったほどだったという。