静かに『フレア』は目を覚ました。
その目の前には久しぶりに見る最も大好きなヒトの姿。
【お早う。 良く眠れたかい?】
頭の中に響き渡る声に懐かしいと思いながらも、そのヒトの腕を握り締める。
珍しい『フレア』の行動にそのヒトはきょとんとした顔をしている。
そんなヒトに対し、『フレア』はチカラを込めてこう言った。
「お願い、リヴァ。 もう一人の私が壊れそうなの!」
久しぶりにフレアの内に入ったリヴァエラ神は驚愕の眼で、二人のフレアを見ていた。
まだ幼気な小さきエルフは息も絶え絶え、痙攣を起こしている。
もう一人は髪が長く、そんな長い髪から出ている跳ね毛はまるで蝶の舌みたいにくるりと巻いており、もう一人のフレアをぎゅっと抱きしめていた。
「リヴァ!!」
【ちょっと貸して…】と、髪が長い『フレア』に言って小さき身体で必死に痙攣を起こしているフレアを抱きあげる。
刹那、小さきフレアは手をもう一人の『フレア』に向かって伸ばした。
「…ま…守…る…。 ワタシ…」
「無茶をしないで! お願い!」
泣きじゃくりながら長い髪の『フレア』は言った。
【そうだよ。 もう一人の言うとおりだ】
静かに、そして揺り籠のように小さきフレアを抱きしめた。
【こんなに無茶をして、まるで義務でもあるかのようだ。 でも、今は寝なさい。 無茶はいけないと散々私は言った筈だ】
真ん丸い瞳でフレアはリヴァエラ神を見つめている。
「ゴメン…ナサイ」
そして、言われたとおりに目を瞑った。
まるでこれまで眠っていなかったかのように、小さなフレアは眠り始めた。
そんなフレアを見つめている『フレア』は安心した面持ちで、「リヴァ…ありがとう」と言った。
【それよりも、どうしてこうなった? 『コスモ』】
リヴァエラ神の問いにフレア…否『コスモ』は俯いた。
「私が我儘言ったの。 アレクサンドリアを守りたいって。 嫌な予感が沢山していて、動物達も「あそこは怖い」って逃げてきて。 それでこの子に言ったら「いいよ」って言ってくれて…」
【それでああなったわけ、か】
「だから…ごめんなさい」
【今回は掠り傷で大した事はなかったけど、貫通してたら封印が解除されてごめんじゃ済まされなくなってしまう。 だからこそ、暫くは氷樹の間で大人しくしているように】
その洗礼に対して『コスモ』は はい、と答えるしかなかった。
――――――
船員を含めた10人は船に乗り、やがて外側の大陸へと辿り着いた。
そこから徒歩で黒魔道士の村へと着いたのは、リンドブルムを出て3日の事だった。
黒魔道士の村はしんと静まり返っており、まるで誰もいないかのようだ。
「ちょっと僕、捜してみる」
ビビはそう言い、いつもの墓地に歩いていった。
そこには一人だけ、ぽつりと黒魔道士が立っていた。
「他の皆はどうしたの!?」
ビビの問いに黒魔道士は静かに答える。
「皆、クジャについて行ってしまった。 残っているのは僕とチョコボ舎にいる二人だけだ」
「どうして、何であんな奴と一緒に!!」
責めあげるかのように問い続けるビビに対し、黒魔道士は溜息をついた。
「皆知ってしまったんだ。 僕らに与えられた時が限られているって事を。 それでクジャが自分に付いて来れば命を延ばしてやるって…」
「だからってあんな奴の言うことを信じるなんて! あいつが何をしてきたか、忘れたの!? まるで…僕たちをモノの様に扱って…」
「所詮、僕らはそういうモノかもしれない。 元は人間の言うことを聞く為に造られたものだから」
さわりと、風が靡いた。
「クジャと一緒に何処に?」
「それは教えられない。 仲間を裏切ることになる」
「じゃあ、何で君はここにいるの!?」
その問いかけに黒魔道士は答えなかった。
ふと、何かの気配を感じ取ったのか、リーズはチョコボ舎に一足早く足を運んでいた。
チョコボ舎に行く道のりを歩いていた刹那、ごりっという固形を踏んだ音がした。
それを拾ってみると、なにかの生物の餌のようだ。
刹那、鳥の鳴き声が辺り一面に響き渡った。
そしてその音に対し、喜びを感じ取ったのか、一人の黒魔道士がチョコボ舎から飛び出してきた。
そこにリーズの姿があるのを知らずに。
「あ…」
そう言い、黒魔道士はしばらく固まっていたが、すぐさまチョコボ舎へと慌てて入っていった。
リーズは「あらあら」と呟き、冷静にチョコボ舎の扉を開くと、そこには誕生したばかりの雛が周囲を見渡す光景があった。
その姿に二人の黒魔道士は「生まれた…」と感動をしていた。
リーズは黒魔道士達の感動している姿を見て、「なるほど…」と呟く。
くるりと、先程チョコボ舎から出てきた黒魔道士は恥ずかし気にリーズに振り向き、口を開いた。
「僕達…チョコボの卵の世話があるから残ったんだ…」
「僕らも皆と一緒に行くって行ったんだけど、皆はチョコボの卵を守って欲しいって…」
「ぼ…僕らが守って暖めてあげたんだ…」
「み…皆にも早く見せてあげなきゃね…。 皆…喜ぶだろうなぁ」
「名前も考えてあげなきゃね…」
「あ…あれ、何だか変な感じ…」
「ぼ…僕も…」
生物の誕生に思わず涙ぐむ二人を見て、リーズはにこりと微笑んでいた。
微笑まれて、さらに恥ずかしくなったのか、黒魔道士は少し頬が赤めいている。
感動しっぱなしの二人に対し、邪魔をするのも何なので、そそくさとリーズはチョコボ舎から出て行った。
そこには仲間全員の姿ともう一人の黒魔道士がいた。
「貴方もあの卵が心配でしたか」
知識の守護神に言われ、その黒魔道士は俯いた。
「分からないんだ。 どうしようもなく怖くて、逃げ出したくなって、クジャに縋りたくもなった。 でも…きっと、それより大切なものがあると…」
俯きっぱなしの黒魔道士に対し、ビビは「ねぇ、一つ聞いてもいい?」と問いかける。
「僕も、もうすぐ止まってしまうの?」
その言葉に仲間全員が驚愕する。
そんな驚愕の言葉に対し、黒魔道士は顔をあげ、「…分からない…」と言った。
「ただ、僕らより先に作られた君…プロトタイプは少しは長く動くってクジャが言ってた…」
「でも、いつかは止まってしまうんだね?」
ビビはそれを聞くと、にこりと微笑んだ。
「僕ね。 僕のお爺ちゃんが死んだとき…よく分からなかったんだ。 ビビ、悲しむ事はないって言われて、ああ…だから悲しんじゃいけないんだって。
だからなのかな…。 止まってしまう仲間がいるって話を聞いても、変な気持ちがもわもわ広がるだけで、良く分からなかった。 どうすればいいのか、この気持ちが何なのか。
でもね。 ダガーお姉ちゃんのお母さんが死んだ時、泣いているおねえちゃんの顔を見て思ったんだ。 ああ、こういう事なのかな、って。
でも、そう思ったのは僕が人殺しの道具じゃないからだよね?」
その問いに答えるように、リーズはこくりと頷いた。
「まだ難しいことが一杯で良く分からない事だらけだけど、僕はそれが分かったから良いんだ。 だからこそ、皆をまた人殺しの道具にしようとするあいつは…クジャだけは許せない!
あいつに騙されなければ、きっといつかは皆にも分かってもらえるんだ。 僕らは人殺しの道具なんかじゃないんだって」
ビビの言葉に感化されたのか、黒魔道士はぽつりと呟く。
「この大陸の東に…クジャの隠れ家がある」
そう言うと、黒魔道士は元来た道へと歩いていく。
「船でこの大陸の東側に渡り、流砂の流れ込む地を捜すといい」
黒魔道士の後ろ姿にビビはぺこりと頭を下げた。
「僕らもいつか…君のように強くなれるかな…」という言葉を残して、黒魔道士の姿は見えなくなった。
うーん、と背伸びするジタン。思わず欠伸をする。
まだ起きたばかりの眼を手指でかく。
刹那、部屋の入口からブランクの大声が聞こえた。
「生きてるかぁ~、ジタン」
「何だ、ブランクか」
「なんだよ、その「何だ、ブランクか」って。 俺じゃなくて女王様の方がよかったか?」
「別に…。 ダガーは?」
「なにやらこそこそと自分の部屋で何かしてたが。 その前に、リーズのお嬢ちゃんが呼んでたぜ。 大公の間に来いってな」
「そっか」といいつつ、ジタンは素早く身支度して、颯爽と大公の間へと足を運んだ。
そこにはブリ虫が似合い続けているシド大公と、文臣のオルベルタがいた。
「あれ、リーズは?」
「うむ。 まずは先日のアレクサンドリアの事件のことを話しておきたいブリよ。 色々と分かったことがあるブリ」
「他の皆さんは下の会議室に既に集まっておいでです。 直ぐにでも会議を始められましょう」
「ならば、始めるとするかブリ」
「では、ジタン殿」と、オルベルタに連れられ、大公の間から下の会議室に向かうジタン。
その間にシドは玉座ごと下に移動し、会議室では突然現れたシドの姿に驚愕した。
…無論、リーズとフレイア以外だ。
「「「!!」」」
「便利ですねぇ~」
ほんわかしたリーズの声を振り払うかのようにシドはこほんと咳払いをする。
「皆、集まったみたいブリな」
その言葉に、きょろりと周囲を見渡すスタイナー。
「姫様とベアトリクス殿が見当たりませんな」
「さっき、自分の部屋にいるとかいってたけど…」
「じゃ、エーコが探してくるね!」とジタンの情報を得て、エーコはぱたぱたと走っていってしまった。
「あ! エーコ…。 ま、いいか」
「とりあえず話を始めるブリよ」
――――――
そんなダガーはというと。
いそいそと何かを鞄に入れたりしていた。
不安そうにベアトリクスは見つめている。
「本当に…宜しいのですか?」
「ええ。 もう決めたことです」
「そこまで思い詰める必要はありません。 私一人でもアレクサンドリアを復興するようにできます」
ダガーは鞄に入れる作業を止め、ベアトリクスを見つめる。
「確かにその通りです。 私一人では貴方のようにアレクサンドリアを復興させることもできない」
「いえ…ガーネット様のお力が足りないわけでは―」
「でも、私は…私なりの事をしたい」
そういうと、ダガーは窓の外を見つめた。
「民はとてつもなく早い冬を乗り越えなければなりません。 それを芯から支えるのは国家であり、王の役目だと思ってます」
ダガーはベアトリクスに振り向き、にこりと微笑んだ。
「クジャの狙いと探索はリーズさん達に任せます。 私達は第一にアレクサンドリア国を支えることに勤めましょう」
――――――
その頃、会議室では話が続いていた。
「…しかし街には季節はずれに等しい雪が大量に降り、交通手段もままならない。 壊滅とはいかないまでも…麻痺状態になってるであります」
「うむ。 だが、多くの無関係な命が無残に奪われなかっただけマシブリ」
「ようやく、我がリンドブルムも復興してきておりますが、絶望の底に叩き落された国民が復興の為に立ち上がるまでにはかなりの時間を要しました。 これらの例よりマシとはいえ、生きる希望を持つ為には並々ならぬ活力が必要となります」
スタイナーとシドとオルベルタの言葉を聞きながら、困った様子でリーズは溜息をする。
「申し訳ありませんねぇ。 こちらの我儘でこんな事になってしまって」
我儘だけで、こんなことになるのか? とそこにいたほぼ全員が頭の中で呟く。
「しっかし『氷樹の主』だっけか。 あんな奴が他の世界にいたなんてな」
「うん…まぁね…」
複雑な顔をしているフレイアに対し、リーズはのほほんと口を開く。
「先程も言いましたが、私達は他の世界から来ました。 まぁ私はフレアとただ鑑賞に来ただけなんですけどね」
「そういえば…そんなチケット、誰から貰ったの?」
「貰ったのではありません。 奪ったんです、タイムさんから」
堂々と話すリーズに対して、思わずフレイアは溜息をした。
「タイムさん…とは?」
「時を司る存在だよ。 重要な人で惑星間を飛んで、時空を繋げたり、修正したりしてるんだ」
「そんな奴からよくも奪い取ったもんだな」
「のんびり昼寝してチケットを捨てていた人が悪いのです」
悪魔のような微笑みをしているリーズに、ジタンは「そ、そうですか…」と言うしかなかった。
「しかし、あのクジャという男…。 ブルメシア、クレイラに続いてアレクサンドリアまでも…。 奴の目的は一体何なのじゃ?」
「ああ。 許せないのはクジャの野郎だぜ!」
「しかし、アイツの力を見ただろう? あの強大な力にどうやって立ち向かうつもりなんだ?」
「それはフレイアとリーズがばしーんとだな―」
倒してくれるよ、とでも言いたげな顔だったからか、フレイアはジタンの腕の皮膚をつねった。
「そんなことはもう出来ませんよ~。 あの一件でこの世界の主にどれだけの負担をかけたか…」
「主? この世界にもいるのか?」
「いなければ、私達のチカラでクジャ如きばしーんと倒せれましたけどね」
ふぅ、とリーズは周囲を見渡した。
「私達は主を守る、言わば守護神という存在です。 常に豊富な知識を持ち、他の世界をも守護できるように。 そして永遠にそれを出来るように不老不死の存在として主である神と契約を交わしているのです」
「世界はね、神の卵である中心核から創造されるんだよ。 そして中心核から神が…神獣が生まれたその瞬間に世界が出来上がる構成になっているんだ。 君たちのこの世界も同じ風にして生まれたんだよ」
「そして神獣はある時を境に、融合してくれるヒトを探し出し、融合する。 それこそが『星の民』と呼ばれる存在です」
さらさらと話される膨大な会話に呆然と全員は聞いていた。
一人だけ、ジタンは手を上げる。
「じゃあリヴァエラ神って奴も『星の民』っていうもんなのか?」
「いいえ。 もっと上を行く存在ですよ」
「今言ったのは世界が生まれたての事なんだけど、この世界も私達の世界ももっと遠い昔に出来上がったものなんだって」
「それらは強大な存在です。 指先一つで世界を自分の思うがままに操ることだってできます。 それらの事を『始祖神』と私達は呼んでいます」
「アレクサンドリアが大量の積雪に見舞われたのも…強大なチカラでそうなったわけか…」
そう言いながらもジタンはあの存在を思い出していた。
ヒトの形でありながらもヒトではない存在。
そんな、なんでもありな存在を目の前にして、良く命だけ無事でいられたものだ、と感心した。
「話を元に戻すとして、そのクジャなんじゃが…ワシはアレクサンドリアで信じられない光景を見たブリ!」
「一体何を見たっていうんだ?」
「『氷樹の主』が出現した直前に、ヒルダガルデ1号に乗って逃げたブリ! しかもヒルダガルデ1号には黒魔道士兵が乗っていたブリよ! それもただの黒魔道士兵じゃないブリ! 普通に喋っていたブリよ!」
その報告に酷く驚愕していたのはビビだった。
「…そ…そんな!!」
「まさか、黒魔道士の村の…おっさん、本当なんだろうな?」
「この目ではっきり見たブリ! 間違いないブリ!!」
「そんなの…信じられるわけないよ!!」
焦燥しきっているビビ。
そんな時、そこにエーコが飛び込んできた。
様子を見ているとなにやら騒ぎながら慌てている。
「大変! 大変! たいへ~ん!」
「エーコ…何を騒いでいるんだ?」
「ダガーが…ダガーが…」
「…!? ダガーがどうかしたのか?」
冷静な口調でエーコに話しかけるが、相当急いでいるのか、慌てふためている。
「とっ…とにかく早く来て! ダガーは客室にいるわ」
「あ、おい! エーコ! 俺、ちょっと様子を見てくる!」
「じ、自分も行くであります!」
「私も様子ぐらいは見に行きますか…」
4人、ぱたぱたと会議室を後にする様子を見て、シドは「会議は一時中断したほうがよさそうブリな」と文臣に話しかける。
「そうですな…。 皆さん、ここは一時解散としましょう。 後で使いの者を立てますので」
「ダガー!!」
ばたんと物凄い勢いで、ダガーがいた部屋の扉が開く。
急いで入ってくる4人をダガーとベアトリクスはぽかんとした顔で見ていた。
「どうしたの? ジタン」
「どうしたもこうしたもねぇよ!」
ふと、ジタンは足元を見る。そして部屋の様子を見た。
なにやら整理されているように見える。
それらが表すのは…。
「…ダガー…、何処に行くつもりなの?」
「帰るの」
「帰る!? 帰るって…」
「もちろんアレクサンドリアよ。 ね、ベアトリクス」
「その通りでございます」
「帰ってどうするつもりなんだよ! あんな状態じゃ…」
「分かってる。 でも私はもう決断したのよ」
そう言いながら、ダガーはちらりとリーズを見る。
リーズはにこやかに微笑んでいた。
「わ…私を置いてで…ございますか、姫様…」
「スタイナーはジタン達についていって欲しいの」
「私では力不足でございますか!」
「そうではないわ。 確かにアレクサンドリア国の最強男女兵士がいると心強いけど。 でも、これからジタン達はクジャを追わなければならない。 その時にクジャは最高峰の罠を仕掛けてくるかもしれない」
ダガーはじっ、とスタイナーを見つめる。
「皆もいるし大丈夫だとは思うの。 でも…なにか保険が欲しいと思っている」
「…姫様…」
呆然としているスタイナーを見ながら、旅支度を済ませてダガーとベアトリクスは後にする。
「ダガー…」
「大丈夫。 アレクサンドリアが落ち着いたら、また皆と合流するから。 それまで皆を宜しくね、ジタン」
――――――
その頃、クジャはヒルダガルデ1号に乗って自らの拠点としている場所に戻っていた。
「くっ、危うく殺されるところだったよ…」
ぽつりとクジャは呟き、苦笑する。
「殺される? 馬鹿な話だ。 そんな事がある訳がない」
そんな壮大な独り言を言っている時に、クジャに取り入った双子がやってきた。
「どうしたでおじゃるか?」
「酷い怪我でごじゃる!」
「うるさい! …アレクサンダーがダメなら、その代わりになるものを手に入れるまでの事」
そう。クジャははっきりとこの目で見ていた。
破戒光線で腐ったアレクサンダーの亡骸の上に佇む氷結晶。
今なら夏真っ盛りの暖かい季節を一変させた、あの強大なチカラ。
死にそうになるほどの身震いをあのときに感じた。
あれさえ手に入れれば“アイツ”など…。
そう思いながら後ろからついてきた黒魔道士を呼んだ。
「234号です…」
「お前の番号など聞いていない! あの計画の準備はもちろん出来ているんだろうね?」
恐怖の笑みをしている愚者に黒魔道士は少々身震いしながらこくりと頷いた。
「まあ、当然だね」
そう言い、クジャは微笑する。
計画は始まった。もう誰にも止められやしない。
“アイツ”にも…そして手に入れそこなったあの二匹すら…。
「まだまだ彼らには踊ってもらわないと困るんだよ…。 僕はしばらく体を休めるが、手を抜くんじゃないぞ!」
――――――
「って事は、おっさんのブリ虫の姿は、怒った嫁さんにかけられた魔法の所為だったのか!?」
大公の間に響き渡るジタンの声。
ダガーが自国に帰って翌日。話があるとシド大公に言付けされ、ジタンとリーズとスタイナーは向かったのだが。
「…格好悪い話ブリが、ワシのスケベ心からこんな羽目に…」
「それはブリ虫さんの自業自得と言わざるをえないですね」
「しかし、何故ヒルダガルデ1号がクジャの手に渡ったのでありますか?」
「問題はそこブリ!」と、先程までスケベ心で反省していたブリ虫はビシッと手をあげる。
「きっとクジャが自分の野望の為にヒルダごと飛空艇を奪ったに違いないブリ! 何とかして奴から飛行艇とヒルダを奪い返して欲しいブリ!」
その言葉にリーズは溜息をつく。
「一国の王ともあろう人が情けない話ですよねぇ…。 まぁなんとかしないといけませんが」
「でも、相手は飛空艇だぜ? 何処に行ったかも分からないし、追いかけることも難しいんじゃね?」
「2号機も結構無理してしまったからのう…。 この身体では新たな飛空挺の建造の指示もおろか、メンテナンスすら難しいブリ。 何とかして人間の姿に戻りたいブリが…戻す方法はヒルダしか知らないブリ」
その言葉で、知識の守護神に全員の目がいった。
その視線に困った顔で「あらあら」とリーズは言い、苦笑する。
「私では治療不可能ですよ。 本来、呪いというのは呪術者と呪者の間に接点がある場合に使用するもので、無関係で尚且つ術者と呪者の事を何も知らない第三者が呪いを解くことは出来ないんです。 もし、解いて欲しいのなら夫婦共々洗いざらし…あんなことやこんなことも聞かざるを得ませんが…」
あんなことやこんなこと、という言葉を聞いてシド大公は「いや…やめておくブリ…」と小さく言った。
「オルベルタ、何か良い知恵はないブリか?」
「はい。 左様な事もあろうかと、ドクトル・トット殿をお呼びしております。 まもなくお着きになるかと…」
「お待たせいたしましたかな?」
丁度のところで来たのか、トットはのんびりとした口調で言った。
「これはこれはトット殿。 ご多忙にも関わらずご足労頂き…」
「いやいや。 お気になさらないで下され。 先日の事件も噂には聞き及んでおりますが、それにしてもよくぞご無事でおられた」
「それで、トット殿…。 お呼びした件で御座いますが…」
――――――
リンドブルムの港である水竜の門ではある小さな小さな事件が勃発していた。
それは海から流れ着いている漂流物から始まる。
見張り役の兵士とさぼっている兵士はうんざりした顔でそれを見ていた。
「おいおい…こりゃ、やばいんじゃね?」
「ああ。 もう死んでいるのかもな…。 それにしても、何なんだよこれは」
刹那、後ろから二人の兵士の隊長が「仕事さぼって何をしておる!」と、声をかけてきた。
「た…隊長殿! そ…それが、変なモノが漂着したのですが…」
「どれどれ、俺に見せてみろ。 こう見えても、昔は海の男だったんだぜ。 水の事故の対処法には自信があるんだ」
じっ、と隊長はその漂流物を見つめた。
だが、全くもってそれはぴくりともしない。
隊長は部下に向かって話しかける。
「…こりゃあ、死んでるな…。 おい、医者を呼んで来い。 死亡を確認してもらわないとな」
刹那。その言葉に反応したのか、漂流物はむくりと突然起き上がった。
それを偶発的に見ていた部下達は慌ててその場を去っていく。
その哀れな姿を、素早い対応だと勘違いした隊長はうんうんと頷いていた。
「珍しく素早い行動じゃないか。 俺もいよいよ貫禄がついてきたかな」
そう言い、振り返る。
先程まで死んでいたと思っていたモノが起き上がって色々と動いている。
しかも頭に海藻類が沢山ついていたからか、大分不気味に見えたのか、隊長も悲鳴をあげて逃げていってしまった。
漂流物は何故皆逃げてしまったのか分からないまま、呆然としていた。
そして自身のお腹が盛大に鳴っている音を聞き、「腹減ったアル」と呟いた。
―――――
そんな小さな事件が起こっていることも露知らず。大公の間ではトットの診断が続いていた。
「トット殿。 どうブリ? 元に戻す方法はあるブリか?」
「…リーズ殿が言う通り、魔法で姿を変えられた場合は、その魔法をかけた本人でないと元に戻せぬのですが…」
その言葉にジタンはがっくしと肩を落とす。
「ただ、かなり昔に読んだ書物に、呪いによって姿を変えられてしまった人間を元に戻す方法が書いてあったと記憶しております」
一つの希望のようなものが見えたブリ虫の大公は「おお、それは本当ブリか!?」と、興奮気味である。
逆にリーズはその言葉を聞き、ただただ苦笑していた。
「まぁ…書いてあったのは確かなのですが、面白おかしく書いている書物でしたので、あまり信用できるものでは…」
「そう面白おかしく書いてあるのであれば、命に別状はないですよね?」
リーズの問いに対し、トットはこくりと頷いた。
「はい。 3つの薬品を調合したものを直接身体にかけるだけですので、失敗したとしても何も起こらないと思われます」
「おっさんが死なないなら、何でも良いさ!」
ジタンの滅茶苦茶な意見にシドはげんなりした。
「…他人事だと思って滅茶苦茶な事を言うブリな…」
「その3つの薬って…水酸化カリウム・塩酸・酵母のことじゃないですよね?」
「おお、リーズ殿の言うとおりですぞ。 それを5:2:3の比率で混ぜるのです」
「それらは昔に術者が良く使っていたものですな。 どれも特に珍しい薬品ではないようですが?」
「私もそれが気になっておりましてな…。 ただ、今では殆ど使われなくなった薬だけに、現在入手できるかどうか…」
「確か、水酸化カリウムっていうやつはシナが持っていたような気がするな…。 とりあえず町に行って探してくるぜ!」
ジタンはそう言い、町に出かけていった。
「しかし、リーズ殿もあの本をお読みになられているとは…」
「いえ。 昔、錬金術に興味を持って調べつくしてみただけです。 でもあの本…」
その本の様々な内容を思い出したのか、苦笑するリーズ。
「あんまり良い評価は出来ませんでしたので、すぐにゴミ箱に捨ててしまったんですけどねぇ…」
―――――
10分後。
ジタンは1つのビンを持ちながら「待たせたな!」と言い、戻ってきた。
「3つの薬はこの瓶の中にいわれた通りの比率で入れてあるぜ!」
ドクトル・トットはその瓶を丁寧に受け取り、シド大公に対して「では早速試して見ましょうかな」と言った。
「う、うむ。 ひと思いにやってくれブリ!」と、何故か緊張している大公。
「別に殺そうって訳ではないんですけどね」
5人が見守る中、シド大公はキラキラした液体を振り被る。
突如としてシド大公は光に包まれた。
そして、そこから出てきたのは…。
「どうじゃ。 元に戻れたケロ?」
呆然と見つめる5人。
5人の様子を見て、それは、「…ん? 何か様子がおかしいケロ?」と疑問符を出している。
「やっぱりダメでしたね」
リーズはそう言い、それに対し鏡を差し出してみる。
それはそれの姿を見て、目を真ん丸くさせた。
「カ…カエルだケロォォォ!!」
驚愕と怒りがこもった悲鳴は大公の間に響く。
「な…なんとした事か! 今度はカエルのお姿になられたとは!!」
カエルの姿をした大公はぎりっと口を噛み締め(ている風に見える)、「ええい! このままでは埒が開かん!」と叫んだ。
「こうなったら意地でもヒルダを探しに行くのじゃ! ワシも連れて行け! 全員会議室に集めるケロ!」
怒りと悔しさに爆発するカエルの王様に対し、5人は溜息をつくばかりだった。
―――――
再び会議室に収集された全員はブリ虫からカエルになったシド大公に驚愕した。
「何と! 今度はカエルのお姿に!?」
「何とかして人間に戻ろうとしたが、失敗してしまったケロ…」
「まぁ、ネタみたいな本ですから、失敗しても仕方ないものですよ」
リーズは苦笑しながら言った。
それを無視して、カエルの王様は握りこぶしを作った(ように見える)。
「…とにかく! 今、全ての鍵を握っているのはクジャだケロ! 何とかしてクジャを探すのじゃ!!」
「しかし、飛空艇はメンテナンス中ですぞ?」
「空がダメなら海しかないケロ! オルベルタ! ゼボルトにあの船の整備をさせておくケロ!」
シドの命令に文臣は応じ、会議室から素早く出て行った。
「で、一体何処へ行くつもりなんだ?」
「そうなんじゃケロ。 それが問題じゃケロ」
その問題に対し、手を上げたのはビビだった。
「昨日、普通に喋る黒魔道士達が飛空艇に乗ってたって言ってたよね?」
ビビの問いに、こくりとリーズは頷き、「その黒魔道士の村へ行けば何か分かるかもしれませんね」と言った。
「それに、僕は自分の目で確かめたいんだ! 本当に皆がクジャに手を貸すような事をしているのか…本当の事を知りたい!」
「そうだな。 ここは手がかりを得る為にも黒魔道士の村に行くのが得策だな」
「うむ! それでは船に乗って黒魔道士の村に向かうケロ!」
―――――
船の名はブルーナシアスという名前らしい。
きっちり整備されている船体にジタンは感心していた。
そこに海藻まみれになっているク族が「待っていたアルよ!」とジタンに話しかけてきた。
「ん? クイナじゃないか! どうしたんだ?」
「ワタシ、ジタン達待っていたアルよ! 皆に会う為に旅を続けたアルよ!」
マダイン=サリ以降の久しぶりの再会にクイナは泣きじゃくっている。
「山を越え、海を越え、地下水脈までも流れ流れて此処まで来たアル」
ある意味恐ろしい執念のクイナに対し、ジタンは「そ…そりゃ、また大変な旅だったな…」とたじろいた。
ブランクは溜息をついて「変な奴もいたもんだな…」と言った。
「ん、ブランクは一体なんでまた船に乗ってるんだ?」
その言葉にブランクは頭を掻きながら「ちと、頼まれちまったもんでな…」と言った。
「ワシじゃケロ!」
急にシド大公はジタンの懐から飛び出して叫んだ。
珍しいカエルにクイナは驚愕しているようで、目を白黒させている。
「お主達が船を離れて行動する間、ただ船を置いておく訳にも行かないケロ!」
「ま、それにお前等には借りがあるからな…。 特にそこの緑色の女性には」
「借りだなんて…。 あれはフレアの暴走のお陰ですよ」
困った顔をしているリーズだが、まんざらでもない様子で微笑んでいる。
「それでは出発ケロ!」
「あんまり何でもかんでも張り切るなよ。 まだカエルなんだから…」
「心配は無用ケロ!」
張り切ってケロケロ言っているカエルの王様に対し、クイナは「食べられるアルか…?」と呟いている。
そんなクイナの様子を見て、苦笑しながらリーズは「食べても美味しくないですし、お腹を何ヶ月も壊す羽目になりますよ?」と親切に助言をした。
二人とも傷ついており、疲れきった顔をしていた。
「大丈夫か…? ベアトリクス」
「ええ、私なら大丈夫です。 しかし…」
女騎士ベアトリクスは困惑していた。
敵は目の前に五体。しかも一匹一匹が強力な攻撃を仕掛けてくる難敵だ。
ここで食い止めなければいけないのだが…例え、一度城へ引き返したという選択肢をしても大量の敵がいることはここにいても想像できる。
ちらりとベアトリクスはスタイナーを見る。
(スタイナーもかなり負傷している。 私の回復魔法でも…二人分はきつい…)
最悪のパターンを想像している刹那。
「ベアトリクス!」と、スタイナーはベアトリクスに対し声をかける。
「お前と言葉を交わせるのは、もしかするとこれが最期になるかも知れんぞ!」
「もとより覚悟は出来ています!」
そういうと、ベアトリクスは目の前にいた魔獣を愛用している長剣でなぎ払う。
刹那。
「ベアトリクス、後ろ!」
スタイナーの叫び声に、ベアトリクスは後ろを振り返る。
そこにはベアトリクスを文字通りに潰さんとする魔獣たちの姿があった。
時が止まったかのように目を見開くベアトリクス。
そしてそこから大量の土煙が舞い上がる。
「ベアトリクス!!!」
スタイナーは悲鳴を上げる。
先程のベアトリクスと交わした言葉をふと思い出してしまった。
(違う…違うのだ…。 「最期」はこんなのでは…)
呆然とするスタイナー。絶望に浸りそうになった刹那。
何かが土煙から天空へと飛び出した。
それは黄金の星のようなもの。否、違う。
竜だ。
黄色く輝く身体、両腕には翼のような毛が覆っており、長い尾が蠍のように上に曲がっていた。
その長い尾からばちばちとした音がし、どぉんと強大な雷が魔獣に打ち込まれる。
文字通り離散する魔獣達に対し、スタイナーは呆然としていた。
そんな男騎士に対し、「大丈夫かよ、おっさん」とスタイナーにとっては何か懐かしい声が聞こえてきた。
「お前達は…」
土煙から出てきたのはジタンと以前一度だけ面会したことがある少女フレイア。
「お姉さんも無事だよ。 ね、サンドラ」
先程の竜はフレイアに対し、こくりと頷く。
ベアトリクスは後ろに乗っており、スタイナーは潰される前に竜に救われたのだとそこで始めて理解した。
「ありがとう、サンドラとやら」
お礼を言いながら竜サンドラから降りるベアトリクス。
恥ずかしがり屋なのか、サンドラは『…いや…いい…』と小さく呟いた。
その声は幼げな少年のような大人びた青年のような。
「ごめんね、サンドラ。 急に召喚しちゃって」
『…大丈夫。 …暇だったから』
「ふーん。 でもそれ、この前も召喚した時言ってなかったっけ?」
『…たまたま、だ』
「まぁこっちとしては嬉しい限りだけどね」
『でも、もう帰る。 ここは嫌だ』
「ん…どうして?」
『…天地が歪んでる…』
そう言うと、サンドラは光り輝き、消えていってしまった。
(天地が歪んでいる。 地には「あの人」のことだと推定すると…天は…?)
考えふけるフレイアに、ジタンは声をかける。
「どうしたんだ? フレイア」
「う…ううん。 なんでもない。 城へ行かないと!」
「そうだったな。 ベアトリクス達はどうする?」
「私達はここで魔物を足止めしなければ…」
「いや、自分達も一度城へと戻ろう」
感情にひた走るベアトリクスに対し、スタイナーは冷静に言った。
理解が出来ないベアトリクスは「どうして…」とスタイナーに問いかけた。
「自分達が無理をしたら結果的に城まで魔物に攻め込まれる可能性が高い。 それにベアトリクスだって限界がある」
「私は大丈夫です!」
「大丈夫じゃないから、咄嗟の判断も鈍ってサンドラに助けられたんじゃないの? お姉さん」
「それに4人でいればそれすらもカバーできるし、ベアトリクスの専売特許の回復魔法もフレイアは使えるからな。 一度戻って戦闘態勢整えた方が良いんじゃないか?」
3人に説得され、ベアトリクスは溜息をついた。
「…仕方ありませんね…一度戻りましょうか」
――――――
ジタン達がアレクサンドリア城に向かう同時刻。
一足先にシガンとエーコはヴァシカルに乗って城前の広場に辿り着いていた。
シガンとエーコを降ろしたヴァシカルは、その姿のまま城下町の方へと戻っていった。
そんな後ろ姿をエーコは見つめ続ける。
シガンは軽い足取りで城の中へと向かっていく。
それを追いかけながら、エーコはシガンに「どうしてリーズは戻っていったの?」と問いかける。
「やるべき事があるからだ」
「…やるべき事?」
「一つはフレアのチカラの放出をとめるため。 無駄にチカラを使いすぎているからな。 そしてもう一つは、あの黒竜を沈ませる為」
「バハムートを!? そんなこと出来っこない!」
エーコのその言葉にシガンはぴたりと足を止める。
「バハムートは最高峰の召喚獣なのよ! フレアという子もリーズっていう女の人もどんな能力があるかは分からないけど…無理なものは無理なのよ!!」
「我らを甘く見るな」
シガンはエーコに冷たい一言を浴びせる。
そんな冷静沈着なシガンに対し、エーコは抵抗する。
「貴方は何者なの…? ううん、貴方だけじゃない。 貴方もフレアもリーズもフレイアも…! まるで私達召喚士とは違う…」
抵抗してくる小さき者に、シガンは溜息をつく。
「…今はそんな事を言っている場合ではないだろう? もう時間がないのはお前もわかっている筈だ。 この機を逃したら、この城は…」
「分かってるけど…。 でも、この城や町が救われて決着がついたら…教えてくれるよね?」
「…ああ。 教えてやる」
そう言い、シガンは再び歩み始めた。
エーコも追いかけるように早足で歩く。
城の中にはいると、二人の目に飛び込んできたのは、広間に倒れている一人の女性。
「ダガー!」
気を失っていたのか、ダガーはゆっくりと目を開ける。
「ん…シガンさん…エーコ…?」
「大丈夫のようだな」
シガンの声に安心したのか、ダガーはゆっくりと身体を起こした。
「何があった?」
「それが…」と、シガンにフレアの豹変振りを伝えようとした刹那。
突然、ごぉぉん と、大きな鐘の音が鳴った。
ある筈のない鐘の音にダガーは戸惑う。
刹那、がしっとダガーの手を握るエーコ。
「…エーコ!?」
「召喚士が呼ばれている。 行こう、ダガー!」
「え…ちょ…」
何かを言おうとするがエーコが引っ張ってくる力が強力で抵抗すら出来ない。
訳も分からず従うしかないようだ。
そんなエーコ達を見ながら、シガンは溜息をついた。
そして、シガンはゆっくりと先程の広場へと引き戻っていったのである。
訳も分からず頂上に辿り着いたエーコとダガー。
だが、いつも見ているような頂上ではない。
なにか祭壇のような建築物が出来上がっており、そこに登るらしい階段も出来上がっていた。
まるでいつもそこにあったかのように…。
エーコに引っ張られるがまま、祭壇に登るダガー。
刹那、エーコとダガーの周囲に不思議な光があふれ出す。
「ダガー! この光はね、あたし達召喚士の運命の光なのよ!」
「…運命の…光?」
未だに戸惑うダガー。戸惑いながらも、何かを成し遂げなければいけないという使命感が少しずつ出てくる。
周囲は赤と黒に覆われており、遠くからは獣の遠吠えが聞こえる。
「この光こそが4つの宝珠に隠された力なのよ! この光がね、召喚士の周りに現れた時、その召喚士は聖なる召喚獣に呼ばれているの! 召喚士の運命を全うしなければ!」
「でも私…。 どうしたらいいか分からないわ…」
「大丈夫! エーコの言う通りにして! まず手を合わせるのよ!」
エーコの小さな両掌を重ねるように合わせてみる。
「そう! そして、心の中でこう呟くの」
『我らの守護神よ。 大いなる守護神よ。 此の地の光が途絶えし。 此の地に闇が訪れし。 我らの守護神よ。 聖なる守護神よ。 神に仕ふる者の祈りを聞き届けたまえ』
――――――
炎獣は悔やんでいた。
燃え盛る家々の中、足が身体が言うことを聞かなくなってきた。
目の前には全てを破壊尽くさんとする黒い竜。
何かにマインドコントロールされているようだが、それを解除する術がない。
さらには、住民全てを「死」のチカラで別の場所に移動させたものの、それが足かせとなり、苦戦してしまう結果になっている。
炎獣は悔やんでいる。これではこの場を守りきれない、と。
諦めかけたその時。
何かが遠くから飛んでくる気配がした。
それは久しいような、懐かしいような氷の大鳥。
威嚇の電光石火が決まり、黒い竜は大きく怯んだ。
『全く、こんな所で一体なにをしてるんですか…!!』
怒り心頭の氷鳥に対し、いつもの声に炎獣は泣きそうになる。
『…すまない』
『こんな奴に苦戦までして、さらには「死」のチカラまで発動させて…。 お父様がお怒りを越えて呆れてましたよ…!!』
『…すまない…って…え…お父様…?』
『これで「あの人」まで来たら謹慎中の謹慎になりかねません。 ああ、可哀相なフレアさん』
『ちょっと待て…。 …父さんも来てるの?』
『大当たりです。 私も驚いたんですけどね。 依頼されて、色々と調査をしていたようです』
『…そう、なんだ』
『まぁ、怒られるのは後にして。 こいつをちょちょいと倒しちゃいますから。 もうこれ以上チカラを使わないで下さいね』
『…うん…分かった』
炎獣が大人しくなったその時だった。
遠くから溢れるほどの光が満ち溢れてきた。
一瞬、朝日かと思ったが違う。
城が大きな翼を広げていたのだ。
そしてそこから溢れんばかりの光線が放たれた。
その標的となったのが黒い竜。
黒い竜は逃げ戸惑いながらその光線から逃れようとする。
だが、その光線は途切れもせずに獲物を捕らえるかのように黒い竜に命中させていく。
聖なる光に囚われてしまった黒い竜は何も出来ずに離散する。
炎獣と氷鳥はその恐ろしい力を目の当たりにして、身構える。
それを察知したのかどうかは分からないが、大きな翼は炎獣と氷鳥まで伸びていく。
そしてその翼で炎獣と氷鳥を癒し始めた。
炎獣と氷鳥はそんな行動に対し、戸惑いながらも目を瞑ることにした。
――――――
それを静かに見ていた愚者は微笑んでいた。
「美しい。 美しいよ。 あれが伝説の召喚獣、アレクサンダー。 その輝く翼で全てを守る存在…」
愚者は静かに微笑した。
「そして、聖騎士オーディーンと対峙しても尚、怯むことがなかった炎の獣。 さらには最初は興味がなかったけど、恐ろしいチカラで全てを凍りつける氷の大鳥。 バハムートすら凌ぐ3つの力…僕は君たちをずっと待っていたんだ。 君たちを迎えに魔法の馬車を呼んでおいたよ。 気に入ってくれると嬉しいけどね」
そして愚者は魔法の馬車を呼ぶ為に手を天に伸ばす。
「さあ、来い。 インビンシブル!」
その掛け声と共に天空が突然光りだした。
癒され続ける炎獣と氷鳥。
暖かい声。そして…。
刹那、何かどす黒い気配を感じて、炎獣は天を見上げた。
そして氷鳥を翼の外へと頭突きで蹴飛ばした。
ひゅん、と地表に落ちていく氷鳥。
空は紫の輝きを増す。そしてそこから巨大な眼が現れ、眼から発せられる怪しい光線がアレクサンダー、そしてその中に包み込まれている炎獣へと注がれる。
怪しい光線の影響なのか、ぼろりぼろりと崩れていくアレクサンダー。
そしてそこからぽとりと落ちてきたのは、すっかり幼くなってしまった少女の身体。
「フレア!!」
シガンはそれを見ていた。咄嗟に小さくなってしまった愛娘の身体を抱きかかえる。
ぎゅっとシガンはフレアを抱きしめた。
刹那、シガンの口から咆哮が上がった。
そしてその瞬間、シガンから強力な「氷」が一直線に天に届かんばかりに駆け巡る。
――――――
すっかりぼろぼろになってしまったアレクサンダーの祭壇にいた二人の召喚士。
刹那、「氷」が一直線に、アレクサンダーを真っ二つにするかのごとく直線に駆けていく。
「な…なにこれ…」
動揺するエーコに対し、ダガーの「エーコ! 大丈夫!?」という声が聞こえた。
「うん…大丈夫だけど…」
上から、べきべきと何かが形成されていく音がした。
エーコもダガーも思わず上を見る。
赤い眼が、エーコとダガーを見下ろしていた。
恐怖で、思わず後ずさりするエーコとダガー。
『ダガー! エーコ!』
ダガーにとって懐かしい声が聞こえた。
「バッシュさん!?」
『早く乗って!!』
訳も分からなかったが、ここにいるのは危険だと察知して、エーコとダガーはバッシュの声の通りにする。
先程の「氷」が形成されるのを見ながら、旋回するバッシュ。
「バッシュさん、あれは何なんですか…?」
『まさか「あの人」が直々に来るとは思わなかったけど…。 あれは…』
――――――
「なんなんですか、あれは!」
城下町の端、城との境界線にいたジタン達。
すっかり「氷」に覆われた城を見て、ベアトリクスは悲鳴を上げた。
「アレクサンドリア城が…氷に覆われている!?」
ジタンは、ふとフレイアを見た。
いつもは余裕綽々しているフレイアが珍しく身震いしているのだ。
「…フレイア?」
「あれは…まさか…そんな…」
「フレイアは知っているんだな…?」
ジタンの声に、フレイアはこくりと深刻そうに頷く。
「あれは…氷樹の主」
「氷樹の…主?」
「うん…。 私達の…世界の神様」
「私達の…世界?」
「…うん」
フレイアの驚愕の発言にジタンは呆然とする。
――――――
『正式名はリヴァエラ=リヴァイス。 氷樹惑星アースという世界の王。 つまりは神でもあり、主でもある存在』
フレイア同様の説明をしているバッシュ。
「そんな人が何故…」
『恐らくは怒っているのでしょうね。 大切な曾孫に対して、あんな事をされたのだから』
ぺきぺきと形成されていく身体を見て、バッシュは溜息をついた。
「曾孫って…フレアの曾お爺様ってこと!?」
『そういう事。 …そろそろ攻撃に移るようね…』
そう言うと、バッシュは旋回するのをやめ、地表へと降りることにした。
――――――
氷樹の主は天空を見つめた。空に、何かある。
忌々しいそれを落とす事にした。
身体を蛇状にし、形成する。
天に向かって、獲物を飲み込む大蛇のように一直線に獲物を掴み取る。
だが、地に落とすことは出来そうにもないことをそこで理解した。
やはり、この世界ではこれ程の力しか出ない、か。
仕方、ないなぁ…。
そう思い、掴んでいた口を離し、威嚇用に強力な氷のブレスを吐いた。
それが効いたのか、空にあった物体は彼方へと消えていってしまった。
ふと、フレアの事が心配になった。
行かなければ。そう思い、氷樹の主は地表へと歩みを見せる。
――――――
急いで城の広場に来たジタン達。
そこにはすっかり小さくなったフレアとそれを抱えているシガンの姿があった。
「シガンおじさん! フレアお姉ちゃん!」
ぱたぱたとフレイアはシガンの傍に駆けていく。
小さくなってしまったフレアを見て、思わずフレイアは「うわぁぁん!」と、泣いてしまった。
「ごめんなさい! お姉ちゃん! ごめんなさい!」
わんわん泣くフレイアに対し、少し冷静に「命に別状はない…。 …大丈夫だ」と慰めるシガン。
「…申し訳ありません、シガンさん」
広場にエーコとダガーを降ろしたリーズは思い責任を感じ、シガンに対し謝罪する。
「守る筈の私が逆に守られてしまった…。 こんな私なんて…―」
【仕方ないさ。 皆、独断的にだけど頑張ったのだから】
頭に響き渡る声。若い男の声だ。
そこにいる全員がその人を見つめた。
真っ白な長い髪に、赤い瞳が特徴的で、白い服を着ている男。
(これが…氷樹の主…)
ごくりとジタンは唾を飲み込む。
そんな人間の様子など見向きもせずに氷樹の主はシガンに歩み寄る。
【フレアを見せて】
「…ああ…」
シガンはそういうと、抱きかかえていたフレアを氷樹の主に渡す。
抱きかかえるだけでも分かるのか、数秒で【…うん…】と頷いた。
【フレアは頑張りすぎたみたいだ。 少なからずはあの光線の影響はあるものの、「封印」には影響はない】
「封印」という言葉に、シガンはほっと胸を撫で下ろす。
【でも、このままフレアを放って置くわけにはいかない】
「…帰るのか?」
【ああ。 でもお前もだぞ】
「分かっている、が。 こいつらはどうするつもりだ」
そう言い、シガンは後ろを見た。
ジタンやエーコ達はびくりと身体を震わせる。
「彼らは私達に相当以上に関わってしまった。 しかも…私達の事をフレイアとリーズは少しながらも話したようだ」
【別に「契約」上の影響はない。 それに彼らと私達の目的はだいたい一致している。 フレイアには引き続き、「契約」の遂行を行なってもらう】
「…いいの?」
先程まで泣いていたフレイアが呟く。
【但し、「契約」の事は話さないように。 それだけはトップシークレットだから】
「うん…分かった」
【リーズ。 お前はどうする?】
氷樹の主の問いかけにリーズはびくりと身体を震わせる。
「私は…」
ぼろぼろになってしまった相棒を改めて見る。
そして、決意した瞳で氷樹の主を見た。
「残ります。 残って、彼らを守りたい。 きっと…フレアならそうする筈ですから」
リーズのその言葉に満足気に微笑む表樹の主はこくりと頷く。
【そうか…。 分かった。 じゃあ私達は帰ろうか】
そう言うと、氷樹の主とシガンは光り輝き、消え去っていった。
嵐のように去っていった神に対し、呆然とするしかない7人。
ふと、空から何か白いものがふわりと降ってきた。
「これは…雪か?」
「ええ。 恐らくは強力な冷力でこの場の環境も歪んでしまったのでしょうね」
リーズはそう言い、溜息をついた。
長い長い夜がもうすぐ明けようとしていたが、白い輝きに覆われ、人々は時間が一時的に分からなくなったほどだったという。
イーファの樹の下の攻防から2日。
ビビは久しぶりにアレクサンドリアの城下町を探索していた。
パックと出会い、ここから旅が始まったが、それから何も変わっていない町並み。
だが、これから起こる世界すら驚愕し、震えるような出来事をビビはまだ知らなかった。
ふと、どん と誰かとぶつかる。
「あっ! 悪ぃ…って、ビビじゃねえか!」
目の前にいたのは知っている顔―ブランクだった。
「こんにちは…」と、ビビはいつものおどおどしい態度で挨拶をする。
「魔の森で会って以来だなぁ。 元気にしてたか?」
「う…うん。 ブランクのお兄ちゃんも?」
「ああ。 あれからマーカスに助けられてな…。 そうそう思い出した。 それから大変だったんだぜ? スタイナーのおっさんと…フライヤって言うネズミ女と…それから…あのアレクサンドリアの女将軍…」
「ベアトリクスっス」と、隣にいたマーカスがブランクに助け舟を出す。
「そうそう、ベアトリクスって奴がボロボロになっててよ。 俺とマーカスはそいつらを担いで城から抜け出すのがまた大変で…ってマーカス!?」
すたすたと歩いていくマーカスに気付き、ブランクは大きく叫ぶ。
「兄貴、早く行かないとまたルビィが怒ってしまうっスよ…」
「そうだなぁ…それはやばいぜ。 悪いな、ビビ。 ジタンに会いに来たならそこの酒場にいるから会いに行けよ!」と、ビビが「う…うん」と言おうとする前に走り去っていった。
そぉ…と、酒場の扉を静かに開けると、そこにいたのは顔を膨らませているフレイアの姿と飲んだくれているジタンの姿があった。
「ちょっと!! 朝から何飲んだくれてるの! しっかりしてよ、ジタン!」
「… …」
フレイアの言葉の攻撃に対し、ジタンは終始無言だ。
「もう…。 ってビビ、居たの?」
ビビの存在に気付いたフレイアはビビに声をかける。
「う…うん」
「ジタンが朝から飲んだくれてるの。 ダガーさんに一回振られたってだけで」
「五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!」
ジタンは聞きたくないかのように大きく叫ぶ。
「俺の気持ちが分かってたまるか!!」
「じゃあ、どっかいこうよ。 こんな薄暗いところで、根にへばりついているなんてジタンらしくないよ」
ぐいぐいと引っ張る見た目が幼女に対し、はぁ とジタンは溜息をつく。
刹那、エーコが酒場に入ってくる。
「フレイア! ちょっと良い?」
「どうしたの? …その人、誰?」
エーコを見ながら、フレイアは眉をしかめる。
そう。エーコの隣には見知らぬ老けた年寄りがいたのだ。
「今からこのおじさんのお家に行くの! だからフレイアも付いてきて欲しいの!」
「いいけど…」と、ちらりとジタンを見る。
朝から飲んだくれては、ごろごろしているジタンに対し、エーコにおじさんと呼ばれた老は、「今、トレノでカードゲーム大会をやっているようですが…そちらに出場してはどうですか?」とジタンに声をかける。
それもその筈。飲みふけていたジタンの机には数枚散らかしているがカードがちらほらあったのだ。
「カードゲーム大会か…」
赤く染まったジタンの顔はみるみるうちに、やる気に満ち溢れていく。
「私もカードゲームやりたい!」
ばっ、と手をあげたのはフレイアだった。
「だから、ジタン。 トレノってとこについたら教えてよぅ」
「僕も行ってみたいなぁ」
それまで酒の臭いと暗気に満ち溢れていた酒場が、段々賑わっていく。
その様を老は微笑みながら見つめていた。
こうして総勢5人がトレノに行くことになり、城の地下へと案内されたジタン達。
「そういえば、ここからリーズに乗って城を脱出したんだっけ…。 まだ霧は残っているようだな」
「何だか、霧が晴れる前のイーファの樹みたいな感じね」
「でも前より霧は薄くなったような気がするよ?」
それを老は聞きながら、何かを集めている。
「へぇ…。 でも、ここからどうやっていくの?」と、フレイアの疑問に対し、老は微笑みながら「ガルガントに乗り、真っ直ぐ行くのです」と返答する。
「それで餌を集めているんだ。 私が呼んであげようか?」
フレイアはそういうと「おーい!」と暗い道へと叫んだ。すると、フレイアの叫び声に呼応するようにガルガントがわさわさと大量に現れた。
「…また大量に呼び出したな…」
唖然とするジタンに対し、老は驚くこともなく、平然としていた。
フレイアはそれが不自然に感じながらも、ガルガントに餌を与えた。
大量のガルガントに乗り、トレノに着いた一行。
エーコは振り向き様に「ねぇ」と老に話しかけた。
「エーコ、ちょっと町を見てきてもいい? マダイン・サリの事お話するのは後でいいよね?」
その言葉に老は微笑み「どうぞどうぞ、何も急ぐ事はございませんのでな」と、返答した。
そう言われ、微笑みながらエーコはビビを引きずり、町へと駆け出していった。
老はふと思い出し、ジタンに「そういえば、今日がカードゲーム大会の受付最終日ですぞ」と言った。
「そうか。 じゃあ、ちょっくら行って来るかな」
「私にも教えてよ、ジタン」
「分かってるよ!」
さて、一足先に街に繰り出したエーコとビビはというと。
「あの…何で…?」
おどおどとビビはエーコに話しかける。
「何でジタン達と一緒に行かなかったって?」
「…うん」
「あの二人はニブチンだから、一人になんなきゃ分かんないの」
「…フレイアも一緒だけど?」
「フレイアは良いの! 空気読めるから! にしても、あんたもニブチンね!! ジタンはね、ダガーの事が好きなの! でもジタンはかっこつけたがるから喧嘩しちゃうの! 分かる!?」
「あんまり…よく…」
「エーコが一緒にいてもかっこつけちゃうからね、ジタン。 困ったもんだわ」
そういいながら、エーコは町の奥へと入っていく。
ビビも同じく、しかしおどおどしながらエーコを追いかけた。
さて、ジタンはフレイアと共にカードゲーム大会の参加をするために会場までやって来た。
「現在はカードゲーム大会エントリー受付中でございます。 カードゲーム大会においては、2勝した方だけが、チャンピオンへの挑戦権を得ます。 チャンピオンに勝てば豪華賞品がプレゼントされます」
「へえ。 チャンピオンってどんな奴なんだ?」
「そりゃもうとびきりの…」
「そんな凄い奴なのか?」
「それが何と! 聞いてビックリ!!」
「だからどんな奴なんだよ!?」
「実はですな…」と、カード売り場の男はジタンに耳打ちした。
「な、何ぃ!! セ、セーラー服の可愛い女の子だとぉ!? そ、そりゃ是非ともお手合わせ願いたいもんだな!!」
「でしょでしょ? だったらエントリーを…―」と、売り場の男が言おうとした刹那。
こちらにやってくる一人の女の子に釘漬けになった。
「大公様、こっちですよ!」
「わ、わかっておるブリ…しかし何分この体では大変ブリ…」
「泣き言言ってちゃ、チャンピオンの名が泣きますよ。 さ、エントリー、エントリーっと…」と、女の子が受付をしようとする最中。
「父ちゃんブリ虫だよ! きったなぁい!」
「しっしっ、ブリ虫め。 あっち行きやがれってんだ!」
「あの…すいません。 このブリ虫…私の…」
「えっ、チャンピオンのペットなの!?」
「こ、こりゃまた失礼いたしました!」
「いえいえ…いいんですけど…」
「ワシは、いつからお前のペットになったブリ!?」
「しょうがないですよ、大公様は今ブリ虫なんですから」
「うるさいブリ! ワシはチャンピオンじゃぞブリ! どいつもこいつもブリブリブリブリ…」
「何だいたのか、ブリ虫のシド大公さんよ」
夫婦漫才をしている一人とブリ虫に対し、ジタンは話しかけた。
「相変わらずの無礼な態度ブリ…」
「まあまあ…ところでさ、何でおっさんがこんなとこに来てるんだ?」
「うむ、まあこの大会に参加したかったブリが、他にもちょっとテストしておきたい事があったブリ」
「他にも?」
「はい、新型飛空艇ヒルダガルデ2号の試運転です!」
「霧がなくても飛べるっていう、あの新型飛空艇か?」
「そうブリ、まだ速度を上げる事は出来ないブリが、何とかここまで来れたブリ。 それに…」
「それに?」と、ジタンがふと奥の道から歩いてくる二人組みを見た。
「シガンおじさん! リーズさん!」
フレイアが嬉しそうに二人のほうへと歩みを見せる。
「シド大公さんが送ったのか」
「そうブリ」
ブリ虫が胸を張ろうとした刹那。
「大変大変大変ー!!」
エーコが慌てて走ってきた。
「何だ、エーコじゃないか?」
「大変なの! 今、トレノのモーグリから話を聞いたら…アレクサンドリアが…アレクサンドリアが…!!」
――――――
場所は変わって人々が寝静まったアレクサンドリアの街に男が現れた。
それは、ジタン達にはとても因縁深い男…愚者クジャ。
「明日の為に願って人は眠る…。 昨日の不幸を全て忘れてしまう為に。 そして喜びに満ちた夢を見る事を願う。 そう、辛く苦しい現実を忘れてしまいたいから」
クジャは周囲を見渡した。暗くそれでも未だにほのかな光が揺れる。
「…至って静かないつもの夜だね。 新しい女王の誕生を祝い、アレクサンドリアの街も喜び疲れたようだ。
喜びの酒が、辛く悲しかった過去を洗い流しバラ色の未来をもたらしてくれると信じてる。
でもまだ宴は終わっちゃいない。 いや、違うね。 本当の宴はこれからさ」
そういうと、手を空に広げて叫んだ。
「さあ始まるよ! 歓喜の炎がアレクサンドリアを焦がす宴が! おいで、バハムート! 昔の主に捧げる鎮魂歌を奏でておくれ!」
刹那、黒く淀んだ暗黒の空から、黒い竜が舞い降りてきた。
そして眠りについている町並みを睨みつけ、炎を巻き上げていく。
それをアレクサンドロス城の窓から見た、ダガー…否、ガーネットは睨みつける。
「ガーネット様!!」
ベアトリクスは焦りながらも、冷静に対処するかのようにガーネットの名を呼ぶ。
「あれは、バハムートですね。 ベアトリクス、急いで皆を集めてください!」
「はっ!」
ベアトリクスは、走り去っていく。その姿を見ながらガーネットもまた、その場を去ろうとした刹那。
おおん、と獣の咆哮が鳴り響いた。
「!!」
それはガーネットの姿を瞳に宿らせようとしていた。
そしてその姿を見つけて、また咆哮を鳴らす。
赤く長い鬣、白い体、そして赤い瞳。不思議と誰かに重なる。
「…貴方は…フレアさん!?」
それが窓越しにでも聞こえたのか、また咆哮が聞こえた。
そしてべきべき、と何かがはがれる音がする。
白い体が黒く変色をし、そこから黒い蔓の様なものが現れた。
肉球がありそうな足。それが広がり、まるで全てを引き裂きそうな程に爪が尖った。
そして、先程とは程遠い黒く重い咆哮が聞こえ、その姿はその場から走り去っていった。
その豹変と化した姿…咆哮…そこから見えたのは最悪の光景。
それを頭に浮かべた刹那、ガーネットはその場に倒れ、意識を失ってしまったのだった。
――――――
「この船はやけに揺れるな…」
がたがたとした飛行艇とは何か違う音がこの場に溢れる。
それが何を物語っているのか、シガンには分かっていた。が…。
「仕方がないブリ。 何せワシがこの体で作った飛空艇ブリ。 あちこちに緩みとか弛みとかがあってもおかしくないブリ」
「おかしくないブリ ってこの船、すんごくやばいんじゃねえのか?」
「ふむ、ワシの勘が正しければ…アレクサンドリアに辿り着くのがきっと精一杯だと思うブリ!」
「まぁ無理しちゃってますから落ちちゃうときは落ちちゃうってことで」
「大丈夫なのかよ! ってリーズ、怖い事言うな!」
「ジタン…。 僕…何だかちょっと気分が…」
「ビビ、船室で休んできた方がいいよ?」
「う…うん」
ふらふらとしたビビの後ろ姿を見て、シガンは溜息をする。
刹那、アレクサンドリア城が見える丘に人影が見えた。
それは一人だけではない。数百…数万と溢れかえっていた。
「これは…!!」
異常な人影に飛行艇は着陸することを余儀なくされた。
飛行艇から降りた一行は周囲を見渡す。
燃え盛る町並みがそこからは見え、それを見て、泣き崩れる者もいた。
「あんた達は、何処から来たんだ?」
「あ…アレクサンドリアだ。 そこに巨大な竜が現れてあれよあれよと炎で町を包みやがった…。 そして変な赤い獣が俺達を黒い蔓のようなもので捕まえて…なぜかここに…」
「赤い獣…蔓だと!?」
切羽詰った声で、シガンは叫んだ。
「それってもしかして、フレアのことか?」
ジタンの質問に対し、驚愕しているシガンの代わりにリーズが答えた。
「ええ。 恐らくは、「死」のチカラを発動させていますね」
「「死」の…チカラ?」
「フレアのチカラの一つだ。 それを発動させると、体に負荷をかける代わりに思い通りに魔法を発動させることが出来る」
「それを使うということは、相当無理をしている証拠です。 それに…」
リーズは、ちらりと未だに赤く燃える町を見ながら嘆く大量の人影を見る。
「これだけの量の人を数分でこの場に移動させるのは、さすがに…」と言い、珍しく悲しい顔をする。
刹那、ぴかぴかとエーコの懐で何かが光りだした。エーコはそれを取り出す。
それは今日、ガーネットと出会い、二分した召喚士の絆の証…2つの宝珠。
「ダガー…?」
「どうした、エーコ。 ダガーがどうしたって?」
「この光は、もしかして召喚士が呼ばれている…?」
動揺しているエーコを見て、シガンはリーズに対し「リーズ。 ヴァシカルで私とエーコをあの城まで連れて行け」と命令を出した。
「それくらいなら行けるだろ? いや、行け」
「分かりました」
「私はどうする? ジタンと一緒に行けば良い?」
ヴァシカルの翼が広げる光景を見ながら、フレイアは冷静にシガンに問いかけた。
「ああ。 頼む」
「おいおい…。 どうなってるんだよ。 俺はどうすれば良いんだ」
「話している暇はない。 行かせてもらう」
そういうと、ヴァシカルに乗ってシガンとエーコは行ってしまった。
一人、呆然とするジタン。
そんなジタンをフレイアは「私達も行こう! ジタン。 ダガーさんも待っているよ!」と一人じゃないことをアピールするかのように言った。
「そうだな。 行こう! アレクサンドリアへ! シド大公、ビビを頼む!」
ブリ虫にそう言うと、氷鳥を追う様に2人は燃える町へと目指して走っていった。
「ここが…ジタン達が言っていた沼地か…」
周囲を見てシガンは溜息をついた。
辺り一面沼に覆われているフォッシンル・ルーの出口。
確かに沼地だとは聞いていたが、これ程とは思ってもみなかった。
慣れない沼地に足を取られながらもシガンは歩いていると、疾風が通った。
否、それは疾風ではない。一瞬一瞬をよく見てみると…。
「サクリティス…リヴァイア!」
燃えるような瞳に尾まである鬣…間違いない。フレアの内に宿る炎獣だ。
炎獣は咆哮をあげながら、北へと駆けて行ってしまった。
それを必死に歩いて追いかけようとする一人の女性の姿をシガンは見つけた。
「どういうことだ。 リーズ」
意外な人物にリーズは驚愕した。
「貴方は…!」
「フレアを迎えに来たのだが。 何故、サクリティスになって走っていった? 一体何があった?」
「迎えに…?」と言うリーズの疑問にシガンは「向こうでジタン達と出会った、といえば話は早いか?」と答える。
「!! そうですか…あの人達と出会ったのですね」
実は… とリーズはほんの10分前の出来事を話し始めた。
それは昼食後のことだった。
いつものようにフレアが食事を食べ終え、リーズはフレアの小さいおでこに手を当てて体温確認をした。
「大分良くなりましたね。 まだ油断は出来ませんが」
フレアの頬を撫でながらリーズは言った。
そう。まだまだ油断は禁物だ。
4つの強大な力を持ち合わせているフレアは倒れるといつも後遺症なのか、愕然とするほどに体調を崩す。
本当ならば「あの人」がいれば、すぐさま保護してくれて、体調が完全に回復するまで治癒をするだろう。
だが…「あの人」とは全く質が違う己でここまでだと…。
(…やはり、「あの人」じゃないと無理なのかも…)
珍しくマイナス思考を掲げるリーズに対し、フレアは外をじっと見つめている。
それが気になったリーズは「何か気になることでも?」と問いてみる。
リーズの言葉に対し、フレアは動揺しながら「う…ううん。 なんでもない」と言いながらまだ外を見つめている。
そんなフレアに対し、リーズは溜息をして立ち上がった。
「私はリンドブルムへお買い物に出かけますからね。 大人しく―」
していて下さい と言おうとした刹那。
突然フレアが立ち上がった。
異様な行動にリーズは「ちょっと! 私の話聞いてます!?」とかなり怒鳴り声を上げてしまったので、後ろでクエールが椅子から転げ落ちそうになる。
「守らないと…! 「アレ」から守らないと!」
そう言い、フレアが近くにあった窓から飛び降りると、咆哮があがった。
「それでああなったということか」
詳細を知り、シガンは溜息をつく。
「申し訳ないです…」
頭を下げながらリーズはシガンに謝る。
「フレアのいつもの我儘だからな。 仕方がないだろう」
「仕方がない、という言葉で済まされる事ではないでしょう?」
知の守護神にそういわれ、シガンは苦笑しながら「まぁ、そうだがな」と呟いた。
「それよりも、フレアを追いかけないと!」
それを聞き、シガンはふと疑問に感じた。
「そういえばお前は何故ヴァシカルにならない? それをすれば追跡できる筈だろう?」
そう。
フレアとリーズ、そしてサクリティスとヴァシカルは鏡のように対になっている。
だが力を発揮するのはほぼ同時…それはまるで双子のような存在だ。
それを知っている…知り尽くしているシガンの問いに、リーズは苦笑しながら…「それが…ちょっとしたことで喧嘩しちゃって…まだそのままなんですよね…」と言う。
「… …。 お前も同罪だな」
リーズは少し反省をしながら苦笑する。
「ならばどうする? フレアは北の山を越えて行ったようだが」
「北の山…アレクサンドリアの方向ですね」
「アレクサンドリア…。 ならばそこに行こう。 そうすればフレイアと合流できる」
「フレイアさんも来ているのですか」
「ああ。 だがジタンに興味を持ったようで、行くなと言ったのに付いて行ってしまった」
大体の流れを頭の中で模索し、リーズは「だれもかしこも自由すぎます」と溜息をつく。
「お前が言うのか?」
「それならば、リンドブルムに行けば、何かしらの交通手段があるかもしれません。 行ってみます?」
そう言い、リーズは少しずつ歩き出す。
それを見て、シガンは「お前が最善策だと考えるのなら」と言いながらリーズと同じく歩いていくことにした。