「いえ! そ…そんな…。 兎に角、謝らないで下さい! というかこれは一体…」
混乱するガーネットとベアトリクスに対し、近くにいた部下―シガンは溜息をついた。
「ほら、混乱してるだろう? それに…こんな大量の菓子…、これは―」
ふと思い出したのか、シガンは「氷樹の世界で流行のミニマフィンではないのか?」と、げんなりしながら言ってみた。
『あぁ、分かった? 実はこれにはまってしまってね。 謝罪のお菓子ならいいかなって…』
「駄目に決まってる…否、困ってるじゃないのか…これは…」
ぱちくりとしているガーネットをシガンはちらりと見てみた。
「一応…お菓子なのですよね?」
『うん、そう』
先程とは全く違う、軽い口調の氷樹の主に では、ありがたく頂戴いたします… とガーネットはその大量の菓子が入った箱を手に入れた。
(…軽すぎるコイツもアレだが…、肝が据わりすぎているガーネットも…アレだな…)
二重の溜息をつきながらも、シガンは窓の外を見た。
あれから数十日程経っているのに、雪はその衰える姿を未だに出さない。
さんさんと降り積もる光景を見て、シガンは言った。
「それで? 雪かきする為に、私は連れてこられたのか? リヴァエラ」
名指しで呼ばれたリヴァエラ神は『違うよ、ガイアの頼みごとがあってね』と、返答した。
「ガイア…?」
「この世界の始祖神の事だ。 金色の君、と呼ばれている。 お前が使っている召喚獣は、ガイア神の守護神にあたる」
『ガイアは私の後輩に当たる人だからね。 色々と相談にあたっているんだよ』
「そうなのですか…」
リヴァエラ神の前に紅茶を置いたベアトリクスに、リヴァエラ神はにこりと微笑んだ。
その微笑にかつてのサクリティスを思い浮かべる。
燃えるような心、煮えたぎるような冷静さ。
その気持ちを汲み取ったのか、リヴァエラ神は『サクリティスが好きなのかな?』と話しかけた。
その声にどきりとしたベアトリクスは素直に驚いた。
「お前の悪い癖だぞ、リヴァエラ。 安易に他の心を読むな」
『いいじゃないか。 そういう心は私は大好きだ。 まぁ、彼はフレアとコスモしか目がないから、恋愛は無理だけどね』
温かい紅茶を持ちながら、シガンは溜息をついた。
「早くあの人に何を頼まれたのか、用件を言え」
冷酷に言ってくる男に対し、リヴァエラ神は『分かった分かった』と、手を上げるリアクションをしながら言った。
『彼女が言うには、クジャという男はこの世界の人間ではないらしい。 私達と同じく、他の世界から来た者だって。 彼がこの世界に無条件に干渉している事は到底許されるべきではない。
ただ、叩きたいんだけど…彼女も他事があって直接手が出せないようなんだ。
で、そいつを叩くには「輝きの島」を解放する必要があり、「冒険者の本」に鍵があるから探して欲しい…らしい』
「その本がここにある…ということか?」
それにしても、とガーネットは疑問を問いかける。
「なぜその人はそれをやることが出来ないのでしょうか?」
『さっきも言ったけど、他事でこっちの方まで上手く干渉が出来ない、というのが答えかな。 …ただ…』
複雑な顔をする神に、「ただ?」とベアトリクスに『いや…なんでもない。 ちょっと考え事をしてた…』とリヴァエラは答えた。
『まぁ、後からこの世界のガーディアンフォースが来るらしいから、その時に。 今はその「冒険者の本」とやらを探そう』
******
外で蠢く二つの積雪。
その一つから出てきたのは妖精のような姿をしたものだった。
美しい程のショックピンクの長い髪に、蝶のクチのような特徴のあるハネっ毛。
冬のような季節とは真逆のさらりとした薄い服装をしている。
「ふぅぅ…なんとかこっちに来たのはいいけど…」
きょろりと周囲を見渡す。
辺り一面の銀世界に、こうなったのは自分の所為かもしれない と、感じて溜息をついた。
ふと、何かがいないことに気付いた。
もう一人の自分。陰のような妹のような存在。
「…フレアっ!?」
一つの蠢く雪にその妖精のような女性は慌てふためく。
必死になってその雪から小さな少女を出してあげた。
輝きのある大きな赤い瞳はぱちくりと、その女性を映し出した。
さらりとしたこちらも綺麗なショックピンクのショートヘアー。
服装は普通の町人と同じだが、少し長めのエルフ特有の耳をしている。
その少女は「雪っ!」と喜ぶ声で赤い瞳をキラキラさせた。
「うん、そうだね。 こんなに降っているのを見るのは、久しぶりかも」
そう言うと、女性は再び周囲を見渡した。
すると、目の前に見たことのある建造物が建っている。
「あそこに行けば、ちょっとは暖かくなれるかな?」
薄手でも寒くはないが、さすがに氷樹の主の環境変化の中にいるのは辛い。
とりあえず暖がとれる場所へと避難することにした。
そこは、ちょっと広めな書庫のようだった。
ふう、とフレアが暖炉に火を灯す。
「ありがとう、フレア。 あったかくなったね」
さて、と女性は改めてその書庫を見る。
綺麗に整頓されているのを見て、書庫ではなく図書館だ、と女性は思った。
目を放した隙に、本の虫のフレアはくつろぎつつも、大きな本を読んでいる。
女性自身、あまり本には興味はないが、それでも とそこにある小さな魔導書を手にしたその時であった。
聞き覚えのある声が、上から聞こえてきた。
******
「にしても、そんな書庫程度の場所にその本はあるのか?」
書庫に続く階段を下りながら、シガンは言った。
『さあ。 まぁでも身近から探してみるのも一興でしょ。 そこにあったら最高、なかったら別を探せる』
「と、言うが…お前は図書に興味はないからな。 他人事か?」
『その為の君だ。 手間が省けて良かったね』
嬉しそうなリヴァエラに、シガンは舌打ちをした。
楽しそうな神々の話に、ガーネットとベアトリクスはただただ溜息をついていた。
そこは、ちょっと広めな書庫。
だが、綺麗に整頓されているのを見ると、図書館のようだとシガンは思った。
パチパチと暖炉が煌いて見える。
「これは…なかなか凄いな」
そう言うと、シガンはそこにあった童話のような本を手に取った、その時。
後ろの棚から悲鳴が上がった。
どん、と女性が突き飛ばされる。
女性の目の前には魔導書が転がっている姿があった。
「コスモ!?」『コスモ!!』
呆然としている女性、コスモにシガンとリヴァエラは声をあげた。
コスモは困惑気味に「あ…。 二人とも…」と泣きそうな声で言った。
「何をしているんだ、お前は…」
「話は後だ、シガン。 コスモ、フレアは?」
そう。この場にコスモがいるのならフレアも同時にいるのは必須。
コスモは先程まで手にしていた魔導書を指差した。
リヴァエラは慌ててその本を手に取った。そして直ぐに分かった。
「移動魔法系統のトラップか…」
『らしいなぁ。 全くまた面倒くさいものに手をかけたねぇ』
溜息混ざりにリヴァエラはコスモに言い放った。
『行って来るから、その間に説教宜しくね、シガンお父さん』
リヴァエラはそう言うと、魔導書のなかに入っていった。
「どうせ、サクリティスに無茶な我儘言って此処に来ただろう」
コスモは泣きそうな顔をしながらコクリと頷いた。
そのやりとりを聞いていたガーネットとベアトリクス。
ガーネットは「シガンさん…この人は…?」と綺麗な精霊のような姿のコスモについて聞いてみた。
「これか? これは…もう一人の「フレア」だ」
その声に二人は驚愕した。
*****
ふわふわとした幻惑のような空間に、リヴァエラは降り立った。
周囲を見渡すと、宝箱に襲われている幼女を見つけた。
宝箱は鋭い牙がある蓋を開けて、幼女を食そうとした。
だがその刹那、宝箱は見事に氷漬けになった。
白い雪のようなリヴァエラを困惑した顔で、幼女は見上げた。
それを抱きかかえて『全く、心配したんだよ?』と口を開いた。
「リヴァ…」
『無茶しないで。 ね?』
幼女はコクリと頷いた。だが、抱きかかえられたのが幸いしたのか、氷漬けになっていた宝箱はリヴァエラに襲い掛かってくる様を見た。
だが、それを知っていたのか、すぐさま腰にあった小さな剣で見事に切り刻んだ。
『だから無茶しちゃ駄目だって…』
幼女も反応して魔法を使おうとしたようで、リヴァエラは溜息をつきながら幼女を降ろした。
『あの世界を心の底から守りたいという気持ちは、私でも分かる。 尊重もできる。 でも今は駄目だ。 また今回みたいにフラフラになってまで無茶をするのが目に見えてるからね。 君が無茶をすればするほど、私も心配しちゃうんだよ』
その言葉に対し、俯いてしまった幼女に『まさか「ずっとアースにいる」とでも考えている?』と、リヴァエラは意を突くような発言をした。
『フレアの心はフレアのものだ。 私の心は私のもの。 誰のものでもなく、束縛される筋合いはないと、そう前にも言った筈だ。 君達を今回の件で縛りあげる事はしないが、今回はもう限界だろう?』
泣きそうな幼女、フレアにリヴァエラは手を差し伸ばした。
『一度帰ろう、アースへ』
小さなフレアはリヴァエラの懐へ入り、泣きじゃくった。
*****
無事戻ってきた二人に、シガンは溜息をついた。
「どうしてこうなったんだ…」
『まぁ、二人とも色々と溜め込んでいたから仕方ないね』
俯き続けるコスモと、まだ涙を溜め込んでいるフレアを見て『じゃあ私達はそろそろ帰るとするか』と、腰を上げた。
『後は君に任せるから』
「そのほうが良いだろう。 お前にとっても、私にとっても、この世界にとっても」
うん、とシガンの発言にリヴァエラは頷いたが、シガンの肩を叩いてひっそりと耳元で言った。
(恐らくだから、よろしく)
その言葉に、ああ とシガンは眼で合図した。
そして、3人は嵐のように去っていった。
―――――
「すまなかったな、此方事で騒いでしまった」
例の本を探しながら、シガンは謝った。
「いえ…。 でも大丈夫なのでしょうか?」
ガーネットに言われ「…何がだ?」とシガンは返答をした。
「フレアさんと…リヴァエラさんは…」
「あれはいつものことだ。 気にするな」
そう言いながら、取り出した本には【とある冒険家の見聞録】と見出しが書かれていた。
その本には、深い崖の為探索を断念した古城の事について書かれており、見やすい地図も描かれている。
「恐らくこれのことだろう」
「古城…ですか。 恐らくは地図から見ると忘れ去られた大陸のようですね…」
「陸地からはいけない場所らしいな…。 飛空艇はあるか?」
「はい、私の専用機があります。 準備をしてきますので、少々お待ちを…」
ベアトリクスが慌てて走り去っていく姿を見つめながら、シガンは「先客がいるようだから早めに行かなければな…」と呟いた。
この間に雪は止み、少しずつ明るい空が見えてきたのであった。