ごそりと置かれる大量の箱。
何やら文字が書かれているようだが、それを見ることは出来ないし、いずれもガーネットが読めない文字だった。
それを大量に置いたその人は、『申し訳なかった…』と謝罪の言葉を表した。
「いえ! そ…そんな…。 兎に角、謝らないで下さい! というかこれは一体…」
混乱するガーネットとベアトリクスに対し、近くにいた部下―シガンは溜息をついた。
「ほら、混乱してるだろう? それに…こんな大量の菓子…、これは―」
ふと思い出したのか、シガンは「氷樹の世界で流行のミニマフィンではないのか?」と、げんなりしながら言ってみた。
『あぁ、分かった? 実はこれにはまってしまってね。 謝罪のお菓子ならいいかなって…』
「駄目に決まってる…否、困ってるじゃないのか…これは…」
ぱちくりとしているガーネットをシガンはちらりと見てみた。
「一応…お菓子なのですよね?」
『うん、そう』
先程とは全く違う、軽い口調の氷樹の主に では、ありがたく頂戴いたします… とガーネットはその大量の菓子が入った箱を手に入れた。
(…軽すぎるコイツもアレだが…、肝が据わりすぎているガーネットも…アレだな…)
二重の溜息をつきながらも、シガンは窓の外を見た。
あれから数十日程経っているのに、雪はその衰える姿を未だに出さない。
さんさんと降り積もる光景を見て、シガンは言った。
「それで? 雪かきする為に、私は連れてこられたのか? リヴァエラ」
名指しで呼ばれたリヴァエラ神は『違うよ、ガイアの頼みごとがあってね』と、返答した。
「ガイア…?」
「この世界の始祖神の事だ。 金色の君、と呼ばれている。 お前が使っている召喚獣は、ガイア神の守護神にあたる」
『ガイアは私の後輩に当たる人だからね。 色々と相談にあたっているんだよ』
「そうなのですか…」
リヴァエラ神の前に紅茶を置いたベアトリクスに、リヴァエラ神はにこりと微笑んだ。
その微笑にかつてのサクリティスを思い浮かべる。
燃えるような心、煮えたぎるような冷静さ。
その気持ちを汲み取ったのか、リヴァエラ神は『サクリティスが好きなのかな?』と話しかけた。
その声にどきりとしたベアトリクスは素直に驚いた。
「お前の悪い癖だぞ、リヴァエラ。 安易に他の心を読むな」
『いいじゃないか。 そういう心は私は大好きだ。 まぁ、彼はフレアとコスモしか目がないから、恋愛は無理だけどね』
温かい紅茶を持ちながら、シガンは溜息をついた。
「早くあの人に何を頼まれたのか、用件を言え」
冷酷に言ってくる男に対し、リヴァエラ神は『分かった分かった』と、手を上げるリアクションをしながら言った。
『彼女が言うには、クジャという男はこの世界の人間ではないらしい。 私達と同じく、他の世界から来た者だって。 彼がこの世界に無条件に干渉している事は到底許されるべきではない。
ただ、叩きたいんだけど…彼女も他事があって直接手が出せないようなんだ。
で、そいつを叩くには「輝きの島」を解放する必要があり、「冒険者の本」に鍵があるから探して欲しい…らしい』
「その本がここにある…ということか?」
それにしても、とガーネットは疑問を問いかける。
「なぜその人はそれをやることが出来ないのでしょうか?」
『さっきも言ったけど、他事でこっちの方まで上手く干渉が出来ない、というのが答えかな。 …ただ…』
複雑な顔をする神に、「ただ?」とベアトリクスに『いや…なんでもない。 ちょっと考え事をしてた…』とリヴァエラは答えた。
『まぁ、後からこの世界のガーディアンフォースが来るらしいから、その時に。 今はその「冒険者の本」とやらを探そう』
******
外で蠢く二つの積雪。
その一つから出てきたのは妖精のような姿をしたものだった。
美しい程のショックピンクの長い髪に、蝶のクチのような特徴のあるハネっ毛。
冬のような季節とは真逆のさらりとした薄い服装をしている。
「ふぅぅ…なんとかこっちに来たのはいいけど…」
きょろりと周囲を見渡す。
辺り一面の銀世界に、こうなったのは自分の所為かもしれない と、感じて溜息をついた。
ふと、何かがいないことに気付いた。
もう一人の自分。陰のような妹のような存在。
「…フレアっ!?」
一つの蠢く雪にその妖精のような女性は慌てふためく。
必死になってその雪から小さな少女を出してあげた。
輝きのある大きな赤い瞳はぱちくりと、その女性を映し出した。
さらりとしたこちらも綺麗なショックピンクのショートヘアー。
服装は普通の町人と同じだが、少し長めのエルフ特有の耳をしている。
その少女は「雪っ!」と喜ぶ声で赤い瞳をキラキラさせた。
「うん、そうだね。 こんなに降っているのを見るのは、久しぶりかも」
そう言うと、女性は再び周囲を見渡した。
すると、目の前に見たことのある建造物が建っている。
「あそこに行けば、ちょっとは暖かくなれるかな?」
薄手でも寒くはないが、さすがに氷樹の主の環境変化の中にいるのは辛い。
とりあえず暖がとれる場所へと避難することにした。
そこは、ちょっと広めな書庫のようだった。
ふう、とフレアが暖炉に火を灯す。
「ありがとう、フレア。 あったかくなったね」
さて、と女性は改めてその書庫を見る。
綺麗に整頓されているのを見て、書庫ではなく図書館だ、と女性は思った。
目を放した隙に、本の虫のフレアはくつろぎつつも、大きな本を読んでいる。
女性自身、あまり本には興味はないが、それでも とそこにある小さな魔導書を手にしたその時であった。
聞き覚えのある声が、上から聞こえてきた。
******
「にしても、そんな書庫程度の場所にその本はあるのか?」
書庫に続く階段を下りながら、シガンは言った。
『さあ。 まぁでも身近から探してみるのも一興でしょ。 そこにあったら最高、なかったら別を探せる』
「と、言うが…お前は図書に興味はないからな。 他人事か?」
『その為の君だ。 手間が省けて良かったね』
嬉しそうなリヴァエラに、シガンは舌打ちをした。
楽しそうな神々の話に、ガーネットとベアトリクスはただただ溜息をついていた。
そこは、ちょっと広めな書庫。
だが、綺麗に整頓されているのを見ると、図書館のようだとシガンは思った。
パチパチと暖炉が煌いて見える。
「これは…なかなか凄いな」
そう言うと、シガンはそこにあった童話のような本を手に取った、その時。
後ろの棚から悲鳴が上がった。
どん、と女性が突き飛ばされる。
女性の目の前には魔導書が転がっている姿があった。
「コスモ!?」『コスモ!!』
呆然としている女性、コスモにシガンとリヴァエラは声をあげた。
コスモは困惑気味に「あ…。 二人とも…」と泣きそうな声で言った。
「何をしているんだ、お前は…」
「話は後だ、シガン。 コスモ、フレアは?」
そう。この場にコスモがいるのならフレアも同時にいるのは必須。
コスモは先程まで手にしていた魔導書を指差した。
リヴァエラは慌ててその本を手に取った。そして直ぐに分かった。
「移動魔法系統のトラップか…」
『らしいなぁ。 全くまた面倒くさいものに手をかけたねぇ』
溜息混ざりにリヴァエラはコスモに言い放った。
『行って来るから、その間に説教宜しくね、シガンお父さん』
リヴァエラはそう言うと、魔導書のなかに入っていった。
「どうせ、サクリティスに無茶な我儘言って此処に来ただろう」
コスモは泣きそうな顔をしながらコクリと頷いた。
そのやりとりを聞いていたガーネットとベアトリクス。
ガーネットは「シガンさん…この人は…?」と綺麗な精霊のような姿のコスモについて聞いてみた。
「これか? これは…もう一人の「フレア」だ」
その声に二人は驚愕した。
*****
ふわふわとした幻惑のような空間に、リヴァエラは降り立った。
周囲を見渡すと、宝箱に襲われている幼女を見つけた。
宝箱は鋭い牙がある蓋を開けて、幼女を食そうとした。
だがその刹那、宝箱は見事に氷漬けになった。
白い雪のようなリヴァエラを困惑した顔で、幼女は見上げた。
それを抱きかかえて『全く、心配したんだよ?』と口を開いた。
「リヴァ…」
『無茶しないで。 ね?』
幼女はコクリと頷いた。だが、抱きかかえられたのが幸いしたのか、氷漬けになっていた宝箱はリヴァエラに襲い掛かってくる様を見た。
だが、それを知っていたのか、すぐさま腰にあった小さな剣で見事に切り刻んだ。
『だから無茶しちゃ駄目だって…』
幼女も反応して魔法を使おうとしたようで、リヴァエラは溜息をつきながら幼女を降ろした。
『あの世界を心の底から守りたいという気持ちは、私でも分かる。 尊重もできる。 でも今は駄目だ。 また今回みたいにフラフラになってまで無茶をするのが目に見えてるからね。 君が無茶をすればするほど、私も心配しちゃうんだよ』
その言葉に対し、俯いてしまった幼女に『まさか「ずっとアースにいる」とでも考えている?』と、リヴァエラは意を突くような発言をした。
『フレアの心はフレアのものだ。 私の心は私のもの。 誰のものでもなく、束縛される筋合いはないと、そう前にも言った筈だ。 君達を今回の件で縛りあげる事はしないが、今回はもう限界だろう?』
泣きそうな幼女、フレアにリヴァエラは手を差し伸ばした。
『一度帰ろう、アースへ』
小さなフレアはリヴァエラの懐へ入り、泣きじゃくった。
*****
無事戻ってきた二人に、シガンは溜息をついた。
「どうしてこうなったんだ…」
『まぁ、二人とも色々と溜め込んでいたから仕方ないね』
俯き続けるコスモと、まだ涙を溜め込んでいるフレアを見て『じゃあ私達はそろそろ帰るとするか』と、腰を上げた。
『後は君に任せるから』
「そのほうが良いだろう。 お前にとっても、私にとっても、この世界にとっても」
うん、とシガンの発言にリヴァエラは頷いたが、シガンの肩を叩いてひっそりと耳元で言った。
(恐らくだから、よろしく)
その言葉に、ああ とシガンは眼で合図した。
そして、3人は嵐のように去っていった。
―――――
「すまなかったな、此方事で騒いでしまった」
例の本を探しながら、シガンは謝った。
「いえ…。 でも大丈夫なのでしょうか?」
ガーネットに言われ「…何がだ?」とシガンは返答をした。
「フレアさんと…リヴァエラさんは…」
「あれはいつものことだ。 気にするな」
そう言いながら、取り出した本には【とある冒険家の見聞録】と見出しが書かれていた。
その本には、深い崖の為探索を断念した古城の事について書かれており、見やすい地図も描かれている。
「恐らくこれのことだろう」
「古城…ですか。 恐らくは地図から見ると忘れ去られた大陸のようですね…」
「陸地からはいけない場所らしいな…。 飛空艇はあるか?」
「はい、私の専用機があります。 準備をしてきますので、少々お待ちを…」
ベアトリクスが慌てて走り去っていく姿を見つめながら、シガンは「先客がいるようだから早めに行かなければな…」と呟いた。
この間に雪は止み、少しずつ明るい空が見えてきたのであった。
熱いものが触れた様な気がして、フレイアは意識を取り戻した。
まるで荷物を持つかのように抱えられているようで、意識があっても体が動かないし、朦朧としているので動くことが出来ない。
ふと、意識を失う瞬間に掌に握ったものがあったのを思い出した。
それは咄嗟の事だったし、この世界にとってはあまりにも負荷が強いかもしれないが…。
それでも、と希望を残す意味で掌にあるそれをぽろりと地面に落とした。
それからのフレイアの意識はない。
ジタン達一行は船を下りる。
そこは雪原が広がっており、近くには白く覆われた神殿があった。
そこは聖なる地と呼ばれており、別名があるらしいが、そんな事は一行としてはどうでも良い事だった。
中に入ると怪しい目でこちらを見てくる司祭が話しかけてきた。
「ん~、何ですか君達は? ここは神聖な地、もう少し静かにしなされ。 さっきの奴らといい、とんがり帽子共は礼儀を知らんな!」
特徴的な発言にジタンは突っ込んだ質問をする。
「あんた、今何て言った? ビビにソックリな奴を見たのか?」
「あんたとは何ですか! 私はこの聖なる地、エスト・ガザの司祭! 口の利き方に気をつけなさい。 あなた方は、あの騒々しい一団の仲間なんですか?」
「それらは何処に行ったのですか? 知っているのなら言って貰わなければ…この世界の命が掛かっているかもしれない緊急事態なのですから」
「命…それは全て平等… そして全ての生命は星へ還るのです。 そう、輝く島…『魂の道』を通って…」
謎の発言をする司祭に対して、溜息をつくエーコ。
「何言ってるのか分かんないけど…黒魔道士と一緒にいた女の子は見かけなかったわけ?」
「ワタシは黙ってみていただけじゃよ。 それに、彼らはここでは何もしておらん。 彼らは大勢で押し掛けおった…あれが黒魔道士軍団なのじゃろう。 誰もここには見向きもせずに、この先のグルグ火山の方へ進んでいったのじゃ」
「グルグ火山?」
「今でこそ活動しとらんが、この山はグルグ火山と呼ばれているのじゃ。 昔はモグラと呼ばれた奴らが火山の中に住んでたという噂もあるが…それもずいぶん昔の話でな。 何者かが入口を封印して以来誰も立ち寄らないような場所じゃ。 …という訳でな、彼らの目的はグルグ火山のようじゃよ」
まるで自分は関係ないように言う司祭をちょっと睨みつけながらジタンは言う。
「それで? 女の子も一緒にいたんだな?」
「そういえば、黒魔道士が女の子を抱えてましたな……」
「フレイアだよ、ジタン!!」
「そうとわかればグズグズしてられない! オレ達も、そのグルグ火山へ行くぞ!!」
「ジタン、僕も行くよ! 黒魔道士の村のみんなももうわかってくれると思うんだ!」
「そうだな……いつまでもクジャの言いなりって訳にはいかない!」
ということでメンバーをジタン、エーコ、ビビ、リーズに絞り、活動していない休火山へ足を踏み入れたが…。
それでも所々、ぐつぐつと煮えぎっているようで、中は相当熱い。
ジタンはぽたりと汗を掻いた直後。
きゅおんと鳴く空を飛ぶものがジタン達の真横を通り過ぎた。
「何だ!?」
「影から見たら小さな竜…のようですねぇ」
「休んでいる火山なのに元気そうだねぇ…」
休火山に元気に空飛ぶ火竜。不思議ではないが、普通なら火竜は小さければ小さいほど、活火山での活動の方が動き回る習性がある。
だが、先程の影は活火山と同じ程に、同じ風に動き回っている…。
リーズはおかしいと思い、もう一度その竜を見てみた。
背中に…何かいる!?
敵もいないのに突然詠唱を始めるリーズを見て、ジタン達は驚いた。
「どうした、リーズ!」
「落としますから、拾ってくださいね」
言っている意味が分からないうちにリーズの詠唱が終わり、風の周波が放たれた。
火竜はその風にあおられ、そこからぽろりと影が落ちた。
言われたとおり、それを抱えたジタンは驚愕した。
「お…女の子!?」
白銀のさらさらな髪、左片方だけ縛ってあり、星が散らばったヘアピンでそれを留めてある。
耳は小さくぴんと尖っており、ふわふわの白銀の服は動きやすそうにも見える。
青く爽やかな瞳を大きく見開き、ぱちくりしているその幼女はリーズを見て微笑んだ。
「リズだー」
「やっぱり貴方だったのですね、テイルちゃん」
名前で呼ばれて嬉しそうにしている幼女―テイルはふわりとジタンの腕から降りる。
「知り合いか? リーズ」
「ええ。 でもどうしてここに?」
テイルはうーんと、と困ったかのように言葉を発した。
「よくわからないけど、しゅぎょうちゅうによばれて、えっとぉ…ドラゴンさんがいたからそのこにのって…うーんとぉ」
「恐らくこういうことでしょうか? 他の世界にいたのを呼ばれて、困り果てていた時に竜がいて、それと遊んでいた…と」
「たぶんそうだとおもう!」
マイペースな幼女に珍しくリーズは溜息をついた。
「フレイアが無理やり召喚した奴じゃないの?」
「この子はそうじゃないようですね…」
「フレイアちゃんになにかあったの!?」
がっしりとビビの袖を掴み取るテイル。
それをやられて、ビビは困り果てているようだ…。
「フレイアが悪い奴らに連れ去られてしまったのですよ。 これでは皆が困ってしまいます」
「そうなの…。 テイルもいくの!」
手を上げるテイルに対し、「お前もついてくるのか?! 危険だぞ!」と警告を告げるジタン。
「これでもテイルちゃんはかなり強力なチカラを擁しておりますし、フレイアよりも一応生きていますから大丈夫ですよ。 それに、テイルちゃんもこのままでは元の世界へと戻れませんし」
えへん、とテイルは偉ぶっている。
「仕方ないなぁ…」
「テイルつよいもん! おにいちゃんもこのこたちもまもれるもん!」
テイルが強がってそう言った刹那、ドン!という音が目の前で発した。
そこには大量の小さき火の竜がいる。
襲い掛かってくる!とリーズ以外の全員が目を瞑ったが。
「あんないしてくれるの!?」
とてつもない穏やかな声がテイルからした。
「テイル…平気なのか?」
「平気というより、この子もドラゴンなので、こうやって竜と仲良しになっちゃう習性をもっているのです。 まぁ、テイルちゃんの場合は誰でも『感応能力』で仲良くなってしまいますが…」
「『感応能力』って何?」
「他の者に対し、その感情を感じ取れる能力です。 ですが、その能力に長けた星の民は僅かで、とても貴重な存在と言われてます」
そんな能力にしてやられた火のドラゴンたちの案内により、最下層らしきところまで辿り着いた一行。
「ジタン、フレイアだよ!! クジャも、黒魔道士の村のみんなもいる!」
「なんだ、あの魔法陣…」
魔法陣の中にフレイアは座っていた。
その周りで双子が魔法を詠唱している。
「無限の命を持ちし召喚獣達よ!」「無限の力を持ちし召喚獣達よ!」
「今此処に永き眠りから解き放たん!」「今此処に永き宿りから旅立たん!」
「汝に光明を!」「汝の解放を!」
「時は来れり!」「時は満てり!」
詠唱をするが、何も起こらず、しんとしていた。
それを見てフレイアは溜息をする。
「変でおじゃ~る」「変でごじゃ~る」
「また失敗でおじゃる!」「また失敗でごじゃる!」
「何か間違えたでおじゃるな~?」「ま、間違えてないでごじゃる! 間違えたのはそっちでごじゃ~る!」
「ま、間違えてないでおじゃ~る!」
「本当でごじゃるか~?」「本当でおじゃ~る!!」
双子のやりとりに「いい加減にしてくれないか?」と、どす黒いクジャの声が響く。
「僕は言い訳なんか聞きたくないんだよ。 そんなことよりもこの小娘から早く召喚獣を手に入れろ」
「無理でおじゃる!」「これ以上の方法は知らないでごじゃるよ!」
「分かってないね君達。 僕はどうしても、アレクサンダー以上の力を持つ召喚獣を手に入れなければいけないんだよ! あのガーランドを葬り去れるだけの力を持つ召喚獣をね…。
奴のあの強さは尋常じゃない。 今の僕では、簡単に消されてしまう…。 テラの計画が発動するまえに奴を倒さなければ、僕が僕でなくなってしまうんだよ!!
どんな方法でも構わない! さっさと続けるんだ!!」
そんなやりとりに対し、当の小娘は溜息をついた。
「無駄だよ。 そんな方法ありはしないって」
「そう…。 君がそういうならもうこれしかないんだろうねぇ」
クジャの手にはいつもフレイアが抱えている大きな鞄があった。
「ここには綺麗な宝石がたんまりある。 ということはこれらを使って召喚しているしか方法がない。 でもどれもかしこも反応がない。 でも君がいつもの抽出方法では無理だというなら…これが正解かな?」
きらりと赤く光る少し大きめな宝石をクジャが手にした瞬間。フレイアの顔が強張った。
刹那。
ぴゅん、という音と共に何かが飛んで、その鞄とフレイアを奪った。
それは白い流星のような小さな竜だった。
顔立ちはドラゴンなのだが、アザラシのようなヒレを持っており、どうやって飛ぶか分からないが、妖精のような翼を持っている。
長くつるっとした尾を持った竜はフレイアをジタン達の所へ降ろした。
「やっぱり来たか…まぁ良い。 これでこれを召喚できるってわけだ」
そうして手に持っていた赤い宝石を天に掲げた。
「さあ来い! そして僕のしもべとなるが良い!!」
どん、とした衝撃が走る。
そしてそれはふわりと現れた。
それは少女だった。
赤いツインテールの髪に、黒い魔道着を着ている。
赤き瞳はきらりと光り、周囲を見渡している。
「呼んだのは、貴方ですか?」
少女は赤い宝石を持ったクジャに対し、口を開いた。
それを見たクジャはくつりと微笑み「ああ。 そうだ」と答えた。
「君に頼みがある。 こいつらを抹殺して欲しい」
そう言い、ジタン達を指差した。
「…分かりました」
少女は頷き、手を天にかざし、大きな火炎の球をつくりだしていく。
「リーズ! 何とかできないのか!?」
「無理ですね…。 フレイアさんはもとより、あの宝石がないと…」
それにしてもあの火炎玉…。と、リーズは思った。
恐らくは手加減が出来ない…ではなく、手加減をするつもりがないのだろうと察した。
そしてそれを防ぐことがこの状況下、あまりにもできない。
というのは周囲が狭すぎと、守るものがあまりにも多すぎるため。
それでも、とリーズも詠唱を始めたときだった。
目の前に一匹のモーグリが立ちはだかった。
「モグ! 駄目よ、エーコの後ろに隠れてなきゃ!」
『エーコ、今までありがとう』
「何を言ってるの…モグ!」
『心配ないクポ! いつでもエーコと一緒クポ!』
モーグリの身体から眩い光が溢れ出てくる。
それは強大なチカラとなり、獣のようなものが出てきた。
「『テラ・ホーミング』!!」
白い閃光は赤い火の玉目掛けて飛んでいく。
赤き少女の天空にあった大きな火球は一気に離散した。
呆然とする少女の横でくつくつと笑うクジャ。
「環境に反した感情の爆発…完全トランス化した召喚獣。 それが生きようとする欲望であれ、他者を守ろうとする欲求であれ…。 例え、他者の魂であっても何者をも凌ぐ強大な力をもった魂…」
そうか、あれか。
「ついてこい、僕よ。 後でいいものを見せてやる」
「…はい」
「そういえば、お前の名前を知らなかったな。 何と言う?」
それは何も反応せずに平然と告げた。
「カーマインと申します」
跡形もいなくなったクジャを見て、逃げられたとジタンは察した。
それよりもエーコは座りっぱなしだ。
「エーコ…大丈夫?」
フレイアは声をかけるが、ショックからか下を向いている。
「エーコ…知らなかったの。 モグが召喚獣だったなんて…。 ずっとエーコを守ってくれてたの。 あんなに弱虫だったのに…」
「そうか…」
憂鬱な空気が周囲に溢れる。
それに呼応したのか…ぐつぐつと何かしらの音が響いた。
それは双子だった。だが、双子は不自然なまま身体を寄せ合い、融合していく。
それはひとつの魔物へと変貌を遂げた。
ぐええ、と吐き出した瘴気は毒のようで、ジタンは気分が害されていくような感覚に陥った。
べしゃりとそれらが飛び散っていく。それらは酸性の性能もあるのか、地面を抉り溶けさせていく。
それに当たれば痛いというレベルではない。
遠距離から攻撃はしているが、致命的な反応がない。
その時、フレイアが白く小さい宝石を掲げた。
それに呼応するようにテイルが光り輝いた。
「星屑の竜の呼応を聞け!『スターライト・ブレス』!!」
眩いブレスが小さな星竜から解き放たれ、瘴気を出す魔物は消滅した。
「ふう…何とかなったぜ…」
へなへなと座り込んだジタンに対し、「テイルのお陰だね!」と元気いっぱいのフレイアは言った。
「ありがとう…テイル」
「すごいでしょ、わたし!」
自慢気なテイルに対し、「う…うん!」と先程のモグの件を引きずっているエーコは頷いた。
「そろそろかえらないと…。 カーマインちゃんがきになるけど…だいじょぶだよね! フレイアちゃん!」
「うん、頑張ってみるよ」
満足したのか、テイルはきらきらと光り輝いて、宝石の中へと去っていった。
「何でこんなところに閉じ込められなきゃならないのよ! ここから出してよ~!」
小さいながらも見事な地団駄を踏んでいる少女は叫んだ。
そのお隣でのんびりと座って冷静にそれを見ている少女。
「ちょっと! なに見てるのよ! 見てるなら、もうちょっとレディに対してクジャって奴に何か言ってやってよね!」
「そんな事言われてもねぇ…。 相手が聞いてなかったらどうするの? こんな所で消費するより、もっと別の所で消費した方がいいと思うよ」
冷静な解析をするフレイアに対し、はぁ と必死に叫んでいたエーコはうなだれた。
「ジタン達、大丈夫かなぁ…」
そこにクジャの声が聞こえてきた。
『君達の為に用意したスイートルームの居心地はいかがかな?』
その声に対し、フレイアは立ち上がった。
『ジタン達は今、君達の命の為に僕の言うことを聞いてくれてるんだ。 でも、僕は人との約束を守るのが嫌いでね…。 おまけにジワジワと人をいたぶるのが大好きなんだよ。
そこで、君達に素晴しいプレゼントをしたいんだ。
この僕の美しい宮殿の中に立派な砂時計があって、その砂が減るにつれて君たちがいる部屋の床が開くという仕掛けになってるんだ。
砂時計をさかさまにするだけで君たちは助かるんだけど…ジタンがそれまでに戻ってきて助けてくれるといいねぇ。
さて、君達の命も後10分少々か…。 まぁ、それまでにジタンという救世主が現れることを祈るがいい。 さようなら、愛しいほど愚かな者達よ』
長い長い一人芝居の後に響く愚者の高笑いに、カエルのシドは拳を握り締めた(ようにみえた)。
「クジャの奴め! よっしゃ、ここでワシがやらねば誰がやるケロ!」
通路を真っ直ぐ突っ切っていくと、黒魔道士達の小声が聞こえてきた。
「ねぇ、砂時計回して、鍵かけてこいって言われたからその通りにしただけだけど…。 僕らのしてる事って悪いことだよね?」
「でも動かなくなっちゃうのとこれとは別だと思わない?」
その声に対し、黒魔道士達は沈黙した。
「兎に角戻ろう」
「またあの仕掛けを解いていくの? 僕まだ分からないんだけど…」
「基本的にさ、全部つければ大丈夫だよ。 難しく考えすぎなんじゃない?」
そうして黒魔道士達は宮殿の奥へと消えていった。
それを聞いていたシドは頭をフル回転させたが、あれらを追いかけている場合じゃないと察知した。
シドは先程の黒魔道士達が出てきた部屋に行くと、壁にかけてある鍵と砂時計と変な生物がいた。
(あの鍵がさっき言っていた鍵に違いない筈ケロ…。 ただ、あの化け物がこっちを見ている間は動かない方がいいケロ…。 ビ…ビビってるわけじゃないケロ! 冷静な判断で決めただけケロ!)
自らの心でノリツッコミをしてから改めて化け物を見る。
化け物はジロリとカエルを睨みつけているが、動かなければ人形と思っているらしく、そっぽを向いた。
その間にかけてある鍵を手に入れ、砂時計を逆さまにした。
シドの活躍により徐々に部屋から出てくる人影。
「ありがとう、シドの伯父様! 本当に死んじゃうかと思ったわ! 皆も無事で何よりね!」
「とはいっても、ここからどうやって脱出するかを考えないと」
心の臓を押さえているエーコに、冷静にフレイアが言った。
「そうじゃな。 ここからが大変じゃ」
「ですな」
「う…うん…」
エーコとフレイアとは別の部屋にいたフレイヤとスタイナーとビビは、そう頷いた。
一汗かいたシドは「さっきここを通った黒魔道士の話によると、この先には何か仕掛けがあるらしいケロ。 『基本的には全部つければ大丈夫』と言っておったが…」と言った。
「ジタン達が戻ってくるまでに何とかエーコ達だけでここから脱出しなきゃ!」
「そうだね!」
一同は頷き、唯一残る魔法陣を踏んだ。
宮殿のようなクジャの隠れ家はただただ静まり返り、寂しく思うように少し照明が暗い。
「なんか…暗くてジメジメしていて、洞窟みたいで趣味が悪いわね!」
いつものエーコの我儘が始まった、と思ったフレイアは、ふとそこにあった蝋燭に小さな灯火をつけた、が。
「ん…?」
フレイアの耳がぴくりと動いた。
そんなフレイアの異変に気付いたのか、ビビは「…どうしたの?」と振り向いた。
「うん、あのね、この蝋燭少し変なんだ」
「変…とは?」
蝋燭に灯った火はゆらゆらと動く。
「ほら、色が青紫色でしょ? 私の炎は黄色を帯びた赤が普通なの。 だから、これがシドさんが言っていた『全部灯ければいい』という奴じゃないかって。
多分これ全部つけないと出口までいっても開かなかったりするトラップがあったりするかも」
「そうしたら時間がなくなってしまいますぞ!」
「多分、クジャは脱出不可能にする為にわざとこういった仕掛けをしたのじゃろうな」
「ホント、シド伯父さん様々だね」
「ホント、ありがとうございます」
二人の小さな召喚士に感謝され、カエルは顔が赤めいた(と思った)。
果たしてこれが何本目だったのか。
宮殿中の蝋燭に灯火をつけながら奥へ進んでいくと、突然甲高い音が周囲を包み込んだ。
『防衛システムニ反応アリ! 侵入者ヲ発見シマシタ! コレヨリ、侵入者ヲ排除スルタメ、監視モードカラ、攻撃モードニ変更シマス!』
「な、何なの? クジャの声じゃないわ!」
驚く一行だがそこには何もいない。
だが、甲高いビービーという嫌らしい音は鳴り止むのをやめない。
「隠れてないで出てきなさい!」
フレイアの声に反応したのか、それは出てきた。
それは盾のような壁のような、機械のようなものが出てきた。
「何よ、これ…」
「まぁ機械のようなものじゃのう…」
「しかしでかい…。 これにどう対抗すればいいのか」
「兎に角、機械だから雷系に弱いと―」
言っている間に、雷―サンダラがそこら中に落ちていく。
「思うから、雷系で攻撃するのが得策だとして…」
「そうしたら…あの機械なるものは充電されてしまうのではないか?!」
「その為に、私が今から召喚するからちょっと待ってて…ね!」
「あい分かった…! ビビ殿、魔法剣の補助を」
「う…うん!」
激しい雷の中、対抗策を話した一行は一斉に壁のような機械に向かっていく。
その間に、フレイアは召喚の準備をする。
フレイアの召喚は特殊だ。
空間を壊さぬように、召喚される神の力量を調整し、尚且つ、その神に支障を利かさぬようにする。
それが出来ると、この世界の大地とリンクをしなければならない。
それを一瞬の内に出来あげると、茶気けた小さな結晶を空に向かって放り投げた。
『大地よ、その振動を鳴らず、岩石となりて我の前に現れり。 されば全ての大地を捧げ、汝の空腹を満たそう』
フレイアがそう詠唱すると、宮殿の壁が崩れ落ちた。
そして、それは形となって現れた。
『地蛇、スウォール=ウェルジェルア!』
名前のとおりに巨大な蛇となった岩々から眼が覗いた。
【呼んだか?】
「ごめんね、スウォール。 お休み中に」
【別に良いが、何もせず とはどういう意味だ?】
「それは周囲を見れば分かると思うよ…」
大地の蛇は言われたとおりに周囲を見る。
人間の一部屋というのに雷が鳴りやまない、そして必死に壁のようなものを打ち砕かんとするゴミのようなヒト…。
【成る程…。 俺は避雷針扱いということか…?】
神様なのに扱いが非常に雑だったのが駄目だったのか、大蛇の声に怒りがこもる。
「いや…そんなんじゃ…」
【フレイア、『縛り』を解除しろ】
「駄目だって! そんなことをしたら、この空間が」
【五月蝿い、氷樹の王の餓鬼が! これは俺からの命令だ!! 俺の命令は絶対だ!】
「はうう…」
珍しくびくびくするフレイアは一つだけ『縛り』を解除した。
それは少しでもチカラを発動しないという『縛り』。
すると、大蛇の岩だけだった身体からずるりとするどい鎌が3つもあるような手が現れた。
そして空間中の雷を取り込み始めた。
それは攻撃していたビビの魔法をも、だ。
そうして雷を取り込んだ大蛇は咆哮をあげる。
まるで世界中の雷が一つの場所に集中して落ちたかのように。
刹那、敵の機械の部位に巨大な岩がめり込んだ。
それは一つだけではない、何個も何十個も。
異常な重みでぐらぐらしている機械に大蛇はとどめと言わんばかりに鋭い爪ではじき落とした。
地の底まで落とされて見えないが、『ぼ…防衛…停止…シマ…』という微かな音が聞こえた。
ふん、と大蛇は鼻息を立てた。
【どうだ、クズ共。 俺にかかれば一瞬で大破できるのだぞ。 だが…】
そこにいる小さな召喚士―フレイアに顔を近づける。
【おい、餓鬼。 一体どうなっている? ここは氷樹の奴の世界だと思ったら、違うではないか! よりにもよってその部下の金色の野郎の世界か、ここは!】
「あ…まぁ…うん…」
フレイアの曖昧な口調がいちいち腹立たしいのか、咆哮をあげる。
【金色の奴は何をしている! 奴がやらないなら俺が―】
「そこまでにしましょうね、スウォール」
綺麗な音がそこに響いた。
それは普通の女性。なのだが、服がまるで召し使いのようなこの空間に似つかわしくない。
栗色の瞳と長い髪がさらさら動いている。そこには風が吹いてはいないのだが…。
【ティアラ…】
「やっぱり付いて来て良かったですね。 こうなることは私には分かってましたから」
【付いて来たのは分かっていたが…。 何故何も言わなかった?】
「貴方なら一瞬で決着するのは目に見えてるでしょう?」
その場にいる全員は、溜息をついた。
巨大な大蛇神をも、だ。
「では、帰りましょうか。 帰っておやすみの途中を楽しみましょう」
のんびりゆるりとした声で言ったティアラは、フレイアのほうへと振り向いた。
「私のスウォールはお役に立ちましたか? フレイアちゃん」
「まぁ…うん、役には立ちましたね…」
目の前にいる人に「乱暴な命令さえ除けば」とはさすがに言えない。
それを知っているか知らずか、非常に満足な顔をしたティアラは「では帰りますね」と言い、スウォールと共にその場から消えた。
足がすくんだのか、がくりとフレイアはその場で座り込んだ。
「だ…大丈夫? フレイア」
「まぁ…ね」
「今のは…なんだったでありますか?」
「始祖神、大地の蛇、スウォール=ウェルジェルアっていう、氷樹の主のライバル的存在」
「なのは分かったが、あの少女は…」
「彼女はティアラといって彼の媒体だよ」
「媒体…?」
「強大な神―始祖神は生まれた時から、世界を破滅させるチカラを常に持っているの。 それを少しずつ放出する為にはヒトの身体の方が適役だと考えた神は、その身体を求めて契約させた。
破滅のチカラを常に持っている始祖神がその身体ごとヒトに入れる事は出来ないし、入れたらヒトの身体の方が耐えられなくなって破裂してしまうからね」
「それが媒体なのじゃな?」
フレイヤの声に紅の少女は頷いた。
「それよりも! なんであんなに言われっぱなしだったの? フレイアは」
「そりゃあ勿論、スウォール神はティアラさんだけにしか心を許してないからねぇ…。 一応、リヴァエラ神の元で召喚の契約を施してもらったけど…」
「アンタも大変ね…」
フレイアは エーコにだけは同情してほしくないなぁ と、心の中で呟いた。
一行はそこから一つだけ輝いている魔法陣に乗った。
それが罠であることも知らずに…。
一方その頃。
「やっと戻ってきましたね…」
リーズは飛空艇から降りながら溜息をついた。
「早くあいつらを助けてやらないとな!」
同じく飛空艇を降りてくるジタンはそう言い、リーズと共にクジャの元へと向かおうと、指示された魔法陣に乗った。
が。
「なんだ…ここ…」
見たこともない広間に辿り着いた。
刹那、そこにクジャの声が聞こえてきた。
『良く戻ってきたね。 その階段を上がった先の部屋に僕は居るよ。 但し、ジタン、君一人で来るんだ』
クジャの声が途切れ、二人とも溜息をつく。
どう考えても罠に決まっている。
「ま、なんとかなるか…な?」
「貴方なら大丈夫でしょう。 頑張ってくださいね」
クジャの言うことを聞いたらどうなるか分かっているでしょうね という、リーズの微笑が怖いが「ああ…」と、生ぬるく返事をごまかしてジタンは一人で部屋へと入った。
「また会えて嬉しいよ、ジタン」
ゆるりとソファに寛ぐクジャをジタンは一睨みした。
「おやおや…とりつく島もないね…」
そこを覗いてごらん、とクジャに促されて、そこに映し出されたものを見た。
そこには捕らえられている仲間全員の姿があった。
「心配しなくても良いよ。 ちょっと眠ってもらってるだけさ。 さあ、グルグストーンを渡してもらおうか」
「この野郎…何処まで卑怯な奴なんだ!」
ありそうな言葉を吐き捨てるジタンに対し、クジャは鼻で笑う。
「そんな言葉は聞き飽きたよ。 さあ、渡すのか渡さないのかどっちにするんだい? それにどちらにしても、それの用途だって知らないんだ。 渡すのが得策って奴だろう?」
最もな意見にジタンは苦い顔をした。
刹那。
画面が文字通り、揺れた。
風のようなもので仲間を巻き取り、映像の外へと出るように…否、部屋の中へと竜巻が乱入してきた。
その巨大な竜巻にその場にいたジタンとクジャは「くっ」と退いた。
次第に風が止むと、そこには仲間全員の姿があった。
「なんとか救出できましたよ、ジタン」
にこやかなリーズの姿がそこにあった。
「ふん、これはちょっと計算外だね。 でも、これで勝負が決まったわけじゃない」
「ええ。 勝負とかどうでもいいのですが、フレイアさんをどこにやりました?」
そう。そこにはフレイアの姿がない。
リーズの珍しい真剣な発言に、クジャはにやりと悪い笑みを浮かべた。
「本当は、残った余計な奴らを抹殺して、グルグストーンを君から奪ったら、全部処分してしまうつもりだったが…。 まぁ、いいさ。 とりあえず彼女とグルグストーンは頂く!」
ふわりと、飛んで魔法陣に乗ったクジャは「またいつか会えるといいねぇ」と言葉を発して消え去った。
慌ててジタン達も追いかけようと魔法陣に乗る、が。全く反応しない。
「さっきの船まで行きましょう、ジタン」
「ああ!」
急いで飛空艇の所まで駆け抜けた。
だが、既に遅し。飛空艇は鋭い音を奏でて飛び去った後だった。
「畜生! 逃げられちまったか!」
「ジタン、ブルーナルシスで追いかければまだまだ行ける距離じゃケロよ!」
「言われなくたってそのつもりさ!」
大空を飛空艇が舞って行く、その飛行機雲を大高速でブルーナルシスが追っていく。
その先には雪が舞っている閉ざされた小さな大陸へと向かっているようで。
山頂付近に何か建物があるらしく、そこに飛空艇は止まったようだ。
「一体あの先に、何があるというのじゃ…」
フレイヤの言葉にジタンは うーん、と考える。
「あいつが何考えてるのかなんて分かりたくもないが。 それにしてもどうしてフレイアを?」
「良くは分からんケロも…あのお穣ちゃんも召喚獣を使うケロよな?」
ジタンは「そうだけど…」と言い、ぴんと何か来て、リーズを見つめた。
「恐らく、始祖神や星の民の召喚が狙いでしょうねぇ…」
「じゃあそれが召喚されたら…一体どうなるんだ?」
「もしかして、また氷樹の主みたいに凍ったりしちゃうの?」
「それはないと思います…。 ですが、問題があるとしたら…非人間的な始祖神達が召喚された場合ですね…」
非人間。リーズのその言葉にスタイナーは「スウォールっていう神の事でありますか!?」と言った。
スウォールという名に、がくりとリーズは肩を落とす。
「い…いつの間に、そんな危険物そのものをフレイアさんは呼び出したのですか…」
「でもあんなのを無理に呼び出したら、大変じゃない!」
「ええ。 さらにこの世界の事を知っているのはリヴァエラ神くらいなので、下手したらこのガイア神とのチカラ押しでチカラが暴発して、多大な影響を受けることにもなりかねないのですよ」
どちらにせよ、早くフレイアを救出せねば。
そう考え、ジタン達は船を下り、雪原の大地へと足を踏み入れたのだった。
西へ西へと進路を取る飛空艇は、やがて忘れ去られた大陸へと到着する。
ジタンとリーズは飛空艇から降りると、クジャに言われたとおりに南へと足を運ぶことにした。
何時着くか分からない道のりを、二人でぽつりと歩いていく。
ふと何かを思いついて、ジタンは「なぁ…」と、リーズに問いかけた。
「魔法が使えない場所ってクジャが言っていたが、それの対処ってどうするんだ?」
「そうですねぇ…。 色々と考えてましたが…」
「って、対処出来るのかよ」
「ええ。 通常の魔法なら使えないですけど、魔力が使えないわけではないと思いますよ。 だから第一に魔力の塊を形に変える。 それが無理なら、武器による追加効果を確実に放たせる。
私の杖は昔、お世話になった人達から頂いたもので、魔法使用不可がかかってもいいように、強力な攻撃魔法を沢山付属しています。 なので、振りかぶれば…」
「ふ…振りかぶれば?」
刹那、暴風がジタンを襲った。
「うわぁ!」
思わず身をたじろくジタンに対し、にこやかに悪魔のような笑みをしているリーズ。
「なかなか面白いでしょう? この杖。 沢山付属してくれたお陰でランダム性があり、振りかぶる毎に楽しみが増えます」
そんな楽しみが増えるなんて嫌だ、とジタンは率直に言いたかったが、いつもより悪戯心が際立っている緑の堕天使には言えるはずもない。
ただ、心の中で泣くしかないジタンなのであった。
禁断の地、ウイユヴェール。
峡谷の奥に密かにあったその遺跡は、奥に巨大な建築物を守るように巨大な門で閉ざしていた。
「ここが入口…みたいだな。 こんなでっかい門なんて開けられる訳ないぜ…」
「『開けゴマ!』って言ったら案外開きそうですけどねぇ」
リーズが冗談で言った刹那。
突然、門が開き出した。
「…何だか分からないけど、中に入れって事か?」
「そのようですね」
「お招きに与って光栄だぜ」
そう言いながら、二人は中へと入っていった。
昔の装飾品の数々は、人の手がなかった経歴を語っているかのように、埃かぶっている。
突然、目の前に巨大な球体のものが浮かんでおり、何やら文字らしきものがそこに浮かび上がった。
「なんだ…これ…。 『母なる…テラ』?」
首を傾げながらジタンは、「うーん…読めないなぁ」と言い放つ。
それを苦笑しながらリーズは「あらあら、読めてるじゃないですか」と、惚けているジタンに対して言う。
「いやぁ…。 読める、というよりは文字が語りかけてくるような感じなんだよなぁ。 自分でも不思議な感じだぜ。 というか、リーズは読めないのか?」
「珍しく解読不可能ですねぇ。 お勉強不足ですね」
そう言い、リーズは奥へと入っていく。
奥には台座がいくつもあり、スイッチのようなものが所々にある。
リーズは適当にそれを押してみた。
すると、台座が反応したのか、何やら飛空艇らしきものが浮かび出される。
「『…古代の船…。 歴史上…最も古いモノ…』、か」
「こちらは戦闘用の船みたいですね」
「それは造船技術が低かったみたいだ。 こちらは戦闘艇インビンシブルっていう試作型らしい」
「これらは昔の飛空艇技術を残していたものらしいですね。 なかなか面白い施設ですね、ここは。 とても勉強になります」
リーズはまるで子供が博物館を観覧するかのように、目を輝かせている。
そうして別の所で水晶玉に手を伸ばした。
刹那、空間に映像が映し出される。
「『都市の…始まり…。 栄えた頃…。 繁栄しすぎた…枯渇…衰退…。 最盛期…テラの各地…点在した都市…衰退…』」
「何処かの都市が栄えて衰退していったってところですかね。 でもそんなところがこの世界にありましたかね…?」
「さあなぁ…。 この遺跡は一体どうなってるんだ?」
「色んな仕掛けが楽しくて仕方ないですね。 もっと奥に行って見ましょうか?」
きらきら目を輝かせている子供のような悪魔のような堕天使が言うのだ。
命令のような提案を尊重しながら、ジタン達は奥へと歩いていく。
そこには沢山の人の顔の造形が壁に埋め込まれている部屋だった。
「何だ…ここは?」
「気持ち悪いですねぇ。 もうちょっと美意識というものがないんですかねぇ」
その声に答えるかのように、突然その造形の一つが口を開き出した。
『来訪者よ…目の前に見える石に乗るが良い』と、それはジタン達の意識に直接話かけてきた。
ジタン達は言われたとおりに石に乗ると、石は静かに浮かび上がり、造形は語り始める。
『来訪者よ、心して聞くがよい。 これは我々の始まりの文明の記憶である。
そもそも種の衰退は、我々の問題ではなかった。 ありとあらゆる動植物、そして…が絶えていった。
全ては我らがテラの…こそが、引き金だった。 それを克服すべく…ありとあらゆる手段が検討され…。
最終的にはテラ文明の粋を集め…最初の試みは…の大陸で行なわれた…。
しかし、それは失敗に終わった…。
その後に…重要な要素が…で、あることが分かる。 四度の貴い犠牲を乗り越えた我々は…未来永劫の繁栄を掴み…自らに取り込んだ…。
…一部の動植物は蘇ったが…は未だに蘇らず、今後の成果が待たれる。
このテラの尊い歴史を語り継がんが為、我らは創造…された…』
十分語り終わったのか、石は再び元の場所に戻った。
リーズは何かを考えていたのか、「テラ…か…」と、小さい声で呟いた。
「どうした? リーズ」
「テラという一世界の事を…あのお方は知っているのかな、って思いまして」
「あのお方?」
「ええ。 この世界の主…金色の長とも呼ばれる人です」
「金色の…」
ジタンは、ふとイーファの樹に出現したあの綺麗な美女の事を思い出した。
全てにおいて金色に輝かんと言わんばかりの、シガンと楽しく隠語で話していたあの人である。
「俺、そいつ見たことあるぞ」
「あら。 貴方、いつ接触したのですか?」
「イーファの樹で、シガンと楽しく話していた時だ。 直接話した事はないが…」
「なら、隠す事もありませんね。 金色の長…この世界の主、ガイア神を」
「ガイア神…。 あの人がか…」
今でも覚えている。
あのルックス、カリスマ性のような印象。まるで、氷樹のリヴァエラ神のような…。
「ガイア神はリヴァエラ様の後輩的な立ち位置のお方。 この世界はやや小さいですが、かなり強力な『カラフルティア(色彩属)の始祖神』の一人です」
「…カラフル…?」
「通称色彩属。 白や黒、赤や青等、色を尊重する神々の事です。 リヴァエラ神は違って『エレメンタリア』という単属性を尊重する『始祖神』の一人ですね」
「凄いな…。 神々の世界って…そんな風に認識されているのか…」
「沢山発見されてますからね。 神様もお友達が沢山必要なのですよ」
「なんか…人間臭いな」
「それが『星の民』の良き所です」
そう言うと、リーズはジタンに「それにしても、どうしてジタンだけ文字が読めたりしたんですかね?」と問いかけてみた。
「俺だって知りたいさ。 それよりも今は仲間の命が懸かってるんだ。 とにかく、そっちを優先しよう」
ジタン達は来た道を引き返そうとする。
だが、目の前に何やら銅像のようなものが二つ程、道を塞ぐかのように佇んでいる。
「? さっき来た時は、こんなものなかったような…」
「ですよねぇ」
のほほんとしたジタン達に対し、二つの銅像はきらりと瞳を光らせて、目の前でその姿を変化させた。
その姿は…。
「お…俺?!」
「わ…私ですか?!」
鏡に映った己のように、見事にジタンとリーズに変貌していた銅像は、二つともにやりと笑みを浮かべた。
刹那、銅像が変化したリーズは跳躍し、本物のリーズに対し、杖を振り下げてきた。
慌てて、リーズはそれを受け止める。
「くっ…」
ジタンも、銅像に変化した己と盗賊剣を交えながら、舌打ちをする。
「リーズ…どうする?」
「逃げましょう。 ジタンならまだしも、私にまで変化されたらただじゃすみませんからね」
問いの答えに(…俺は問題ないのね…)と、心の中で考えながら「おうよ」と、一言返事をした。
先程とは違う道をただただ、走っていく本物の二人。
それをあざ笑うかのように、その偽者は笑みを浮かべながら追いかけてくる。
「くそう…。 一体クジャの言っている代物は何処にあるんだ!」
「もしかして…あれじゃないですか?」
そう言い、リーズが走りながら人差し指でさした先になにやら丸い小石のようなものが、台座に埋め込まれている。
そこに必死に駆け寄り、ジタンは一生懸命取り出そうとする。
だが、そこに偽者が追いついてしまった。
「万事休す、か…」
「いいえ、まだです」
諦めかけたジタンに、一言二言天使は言った。
天使…リーズは、空間を切る思いで、おもい切り杖を振りかぶらせた。
すると、偽者の身体がたちまち氷漬けになっていくではないか。
その時、ジタンが一生懸命とっていた丸い小石―グルグストーンはすぽんという音と共に、台座から抜けた。
「時間がありません! 早く!」
そう言うと、息切れをする程にジタンとリーズは必死に出入り口まで走る。
どん、と出入り口の扉をこじ開けると、すぐさま扉を閉める。
ひいひいぜえぜえと喘ぎながら、ジタンとリーズは息を呑んだ。
二人は、そろりと薄く扉を開けてみる。
そこには元の姿に戻り、佇んでいる二つの銅像があった。
まるでほくそ笑んでいるかのような銅像達に、ジタンとリーズは溜息をついた。
してやられた二人の男と女に対し、まるで自己主張しているかのように、ジタンの手に握られている小石はきらりと夕日に反射して輝いていた。
「おい、ジタン! 目を覚ますのじゃケロ!」
小さい者に足蹴にされて、ジタンはふと目を覚ました。
そこは鉄鋼の壁があり、出入り口は締め切られている、閉鎖的な部屋。
そこに喋るカエルとジタンのみがいる。
「ん…シドのおっさんじゃねぇか。 ここは一体…?」
「うむ。 ワシにもよく分からんケロ」
「黒魔道士達の言った通りの場所に来て、流砂に飛び込んだ後に目の前が真っ暗になって…その後は気を失っていたのか、覚えていないな」
「ワシもそうじゃケロ。気が付いたらお前と一緒にこの部屋の中にいたケロよ」
「他の皆は?」
ジタンの問いに、カエルは寂しそうな眼差しをした。
「分からんケロ…。 無事だといいんじゃケロ…」
刹那。聞いたことのある声が部屋中に響き渡る。
『やっとお目覚めのようだね』
「その声は…クジャ! お前だな!」
『また会えて嬉しいよ、ジタン』
「こんの野郎! 他の仲間は何処へやった!!」
『おやおや…。 相変わらず威勢が良いねぇ。仲間達の事は心配無用さ。 君がいるのと同じような部屋にいるよ。 ああ、それから君達が今どういった状況におかれているかを教えておいてあげるよ』
刹那、突然床が音を立てながら開きだす。
その下は、燃え盛る赤き溶岩が煮えたぎっていた。
ジタンは思わず後退く。
『いくらしぶとい君達でも、ここに落ちればひとたまりもないだろうねぇ』
高笑いするクジャに、ジタンは「てめぇ…!」と怒りたてた。
『まぁ、どういう状況か分かってもらえた所で、ちょっとお使いを頼もうと思ってるんだよ。 とりあえず、他の仲間の命の保証はしよう。 引き受けてくれるかい?』
「…ふざけるな!」
未だに怒り心頭のジタンにクジャは溜息をつく。
『まだ分かってないようだね…。 これでもまだ断る気かい?』
その声と共に、さらに床の穴が広がった。
それを見て、ジタンは舌打ちをする。
「仕方ねぇ…。 引き受けてやろうじゃねぇか」
『そうこなくっちゃね。 じゃあ、外に出たまえ』
その時、鉄の扉が開いた。
ジタンはしぶしぶ外に出る。
ジタンは小声で、シドに「シド、済まねぇが他の皆の事を頼むぜ」と呟く。
「うむ、ワシに任せておけケロ。 必ず無事に戻ってくるんじゃぞケロ!」
「ああ、分かってるさ。 じゃあな」
小さなカエルに別れを告げ、ジタンは一本道の通路を進む。
そこには機械仕掛けの黒魔道士達がいた。
「…ここにもこいつらがいるのか」
ジタンがそう言っても黒魔道士達は無言のままだ。
『二人の黒魔道士の中央に立つんだ』
クジャの言われたとおりにすると、黒魔道士達は魔法を唱えた。
そして、視界が開けた。
「ようこそ。 この素晴しい僕の館へ」
ジタンの目の前には、ゆったりと茶色のソファに寛ぐ、強敵の愚者の姿があった。
「そんな挨拶はどうでもいい! さっさと用件を話しやがれ!」
喚くジタンにクジャは溜息をつく。
「ずいぶんと、ご機嫌斜めのようだね…。 じゃあ、用件を話すとしよう。 君にはある場所に行って、ある物を取って来て欲しいんだ」
「勿体ぶってねぇで、それがどこの何かを言え!」
ジタンの態度に気に入らなかったのか、クジャは「…口の利き方には気をつけろ」と、いつもとは違う低音の声で言った。
「僕が君の仲間の命を預かっているのを忘れたんじゃないだろうな?」
「くっ…」
痛いところを突いてくる愚者に、ジタンは口を歪ませた。
「これから君に行ってもらう場所は、ウイユヴェールという忘れ去られた大陸のシアウェイズキャニオンの南方にある場所さ。 そこは僕には不向きな場所なんだよ…」
「…どういう事だ?」
「どうやら、魔法に対する結界が張ってあるらしくてね。 そこで、魔法も使えない馬鹿な君に頼みたいって訳さ」
「あらあら。 結界ごときで魔法も使えないなんて、お馬鹿さんなのはどちらですかねぇ」
まったりとした声にジタンとクジャは見開いた。
部屋の端にあった幕から出てきたのは…。
「リーズ!!」
「ジタンだけを特別扱いなんて、酷い事しますよね。 私だけ仲間外れですか?」
その言葉にクジャは眩暈がしたように思えた。
「…どうやって、ここに…」
クジャの問いに、リーズは微笑んだ。
「貴方、私を氷属性を使いこなす賢者だと思い込んでいるようですが、他にも属性魔法を使うことが出来るのですよ。 私を管理したいなら、気道を塞いで施錠をしっかりするとか、魔法を封印する部屋を用意しなければいけません。 …まぁ、あらゆる対処をしても私は全部解いてしまいますが」
クジャは後ずさりをして、魔法を唱えだす。
「交渉決裂だ…ジタン。 …君の大切な仲間を全員殺す」
「ちょ…!」
ちょっと待て、とジタンが止める前に、リーズは微笑んで「あらら」と言った。
「私が脱走しただけで、交渉決裂とは…。 お子様にもほどがありますね」
「もう止めてくれ、リーズ! これ以上、奴を挑発するな!」
泣き声になりそうなジタンに、リーズは未だに微笑んでいる。
「違いますよ。 私は交渉を決裂しに来たのではなく、ジタンのお手伝いがしたくてここに来たのです」
意外な言葉にジタンとクジャは顔を見合わせた。
「それなのに、脱走だの、交渉決裂だの、酷いですねぇ。 私の好意に誰も気がつかない…」
策士の寂しそうな顔に、クジャは溜息をついた。
「分かった。 君も特別にジタンと共に行かせてあげる。 ただ…そこでは魔法は使えない」
「それぐらい、分かってますよ」
「改めて。 ウイユヴェールにある、グルグストーンを持ち帰ってきて欲しいんだ。 君らにとっては簡単な「おつかい」だろう? 近くまでは豪華な船で送ってあげるから、その辺りは心配しなくていい」
「送迎まで、やってくれるなんてありがたいですね」
そこに、黒魔道士がやってきた。
ジタンは振り返り、クジャに「約束は守るんだろうな?」と言う。
「ああ、勿論だとも。 安心して行ってくるがいい」
愚者にそう言われ、ジタンは黒魔道士達が作った移動魔法の中へと入っていった。
「さて、私も行きますかね」
リーズもそう言い、黒魔道士達の移動魔法へと歩む。
が、すぐさま「そうそう。 私としたことが言い忘れてました」と、クジャに振り向いて言った。
「貴方、氷樹の主リヴァエラ神を狙うのは止めておきなさい」
図星だったのか、クジャは目を見開いた。
「図星でしたか。 これは警告です。 あの人を捕らえる事は、貴方の魂を葬ることになります」
愚者は無言のまま、その声を聞く。
「以前、私は一度だけ、あの人に逆らったことがあります。 命をも取られる覚悟でね」
「…そんな君が、何故生きているんだ」
「相棒の厚意がなければ、ここにはいませんよ。 あの人は恐ろしい王そのもの。 全てを善意によって潤わせ、何かあれば全てを捨てる。 己の思いこそが、己の考えこそが、絶対的存在価値。 あの人以上の策士を私は見たことがない」
そして、リーズも黒魔道士達の移動魔法の中へと歩いた。
「あの人から見れば、私もまだまだですね」
そう言い、移動魔法により、ワープしていった。
ジタンとリーズが移動魔法で飛ばされた先には巨大な豪華客船があった。
「これは…ヒルダガルデ1号機なのか?」
「なかなか大きいですね。 二人だけではちょっと勿体無いです」
まるで旅客者の気分なのか、楽しそうにリーズは言った。
ジタンはその船体に圧倒されながら乗り込む。
そして後に続いて乗るリーズに振り返ると、「そういえば、リーズ達の世界にもこんな大きさの飛空艇があるのか?」と、聞いてみた。
「ええ、これ以上大きいのも数機飛んでます」
「へぇぇ…。 だからあまり驚かなかったのか…。 でも、これ以上の大きさのものが飛ぶと、燃費が良くないんじゃないのか?」
「こういった動力源は、魔力ですから燃費は良い方です。 私達の世界は、別名『魔法王国』とも呼ばれていて、世界人口の7割が何らかの魔力を持っているので。 これくらいになると大体10人程度の魔力で十分です」
「これが、魔法の力で飛ぶっていうのか!? 凄えなぁ…」
異世界の意外な事が聞けた刹那。 飛空艇は飛ぶ準備をし始める。
リーズもジタンも乗り込み、やがて飛空艇は大空へと飛び立った。
中を見て回ると、黒魔道士達が飛空艇を動かしていた。
せっせと働く黒魔道士達にジタンは「おい、クジャは本当に信用できるのか?」と繰り返し質問してみるが。
黒魔道士達は無言で働いている。
「何を聞いても無駄でおじゃるよ」
「我々の命令以外には反応しないでごじゃる」
そこに現れたのは、かつて戦乱の中にいた…。
「あら、おじゃるさんとごじゃるさんではありませんか」
「「だから違うー!!」」
リーズのボケとも言える発言に、おじゃるさんとごじゃるさんと呼ばれたゾーンとソーンは必死に否定した。
「てめえら、ブラネの次はクジャの手先にでもなったのか?」
「人聞きの悪い事を言うでおじゃる!」
「こっちが悪者みたいな言われ方でごじゃる!」
「あ、余計な事は考えないほうがいいでおじゃるよ」
「仲間の命は保証できないでごじゃる」
ぺらぺらと喋るゾーンとソーンの言葉を聞き、ジタンは思わず舌打ちをする。
「そもそも、この黒魔道士共は、戦争の為に造られた道具でおじゃる」
「兵器として完成した黒のワルツらは、強い自我を持っていたでごじゃるが…ここにいる奴らは、命令に従うこと以外にはそう大した自我というものを持ってないでごじゃる」
「それに、こいつら量産型は用済みになると動かなくなるように造られているでおじゃる」
「こんな奴らは戦争以外に使い道がないでごじゃるからな」
「それに、こいつらは道具の癖に、命に対する執着心があるようでおじゃるな」
「滑稽な話でごじゃる。 所詮、道具は道具にしか過ぎないのでごじゃる!」
けらけらと喋り、笑う双子の道士に対して、ジタンは「…お前達だって、そんなに差がないと思うぜ」と、聞こえるように呟いた。
「…今、何と言ったでごじゃるか!」
「聞き捨てならないでおじゃる!」
「黒魔道士達に心がないと言うのなら、自分達のはっきりした意思のないお前たちもそんなに大差ないって事さ。 …何か間違った事言ったか? リーズ」
「いいえ、事実を言っただけのことでしょう」
二人の強敵に対し、双子の道士はイライラを募らせている。
「いずれ、その減らず口を聞けないようにしてやるでおじゃる!」
「後悔してからでは遅いでごじゃるよ!」
どちらが、減らず口を叩いているのか と、リーズは思ったが、これ以上言うのはやめた。
言えないのではない。こういう輩共に対しては面倒臭くなるだけだからである。
「まぁ、兎に角俺達は目的地に着くまで一休みさせてもらうとするか。 くれぐれも安全運転で頼むぜ」
ジタンはそう言うと、甲板にいた運転手に肩を叩き、飛空艇の中へと休みに行った。
それを追うかの如く、リーズもジタンの後をついていく。
二人の道士は地団駄を踏みながら、二人の姿を見ているだけしかなかった。